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「ラメラ構造」は成分ではない。トリートメントをすすぐ瞬間に起こる、分子のダイナミズム。

前回は、「高級アルコール」という少し誤解されやすい成分を通して、トリートメントの白いクリームがどのように作られているのかを見てきました。
ここまでシリーズを進めてくると、ヘアケア製品を見る視点も少し変わってきます。
最初は「どんな成分が入っているのか」に目が向いていたものが、次第に「その成分がどう働くのか」、さらに「他の成分と組み合わさったときに何が起きるのか」へと広がっていきます。
そして、ここから先は成分表示を眺めているだけでは見えない領域です。
同じような成分で作られた二つのトリートメントが、必ずしも同じ質感、同じ使い心地になるとは限りません。その違いを生み出しているもののひとつに、製品の中で成分がどのような状態で存在しているかがあります。
今回は、その代表的な例として美容業界でもよく耳にする「ラメラ構造」を取り上げます。
成分そのものではなく、その成分たちが作る「並び方」へ。
トリートメントを、もう一段小さな世界から見てみたいと思います。

成分の組み合わせから生まれる「配列」の秘密

トリートメントの容器を裏返すと、水、カチオン界面活性剤、高級アルコール、各種オイル、シリコーンといった名称がずらりと並んでいます。しかし、化粧品の本当の姿は、単に「どんな材料をバケツに投げ入れたか」だけでは決まりません。
美容業界でしばしば耳にする「ラメラ構造」という言葉も、目新しい有効成分の名前であるかのように誤解されがちです。けれどラメラとは成分名ではなく、分子たちが自ら規則正しく並び合って作り出す「層状の配置形態」そのものを意味します。
何を混ぜたかという成分のリスト以上に、それらがどのような配列で水の中に存在しているのか。トリートメントの機能やあのなめらかな質感を支えているのは、目に見えないミクロな並び方の設計なのです。

水と油を繋ぎ止めるミルフィーユ状の層

本来、水と油は互いに反発し合って分離してしまう存在です。そこに水となじむ部分と油となじむ部分を両方に持つ界面活性剤や、前回のテーマであった高級アルコールが加わることで、水の中に特殊な配列が立ち上がります。
水になじむ頭部同士が寄り添って水の層を挟み込み、油になじむ長い尻尾同士が向き合って油の層を作る。これが交互に何重にも重ね合わされることで、まるでミルフィーユのような多層構造が形成されます。これがラメラ(薄板・層)構造の正体です。
手に取ったときに感じる適度な重みやクリーム状のとろみは、単に油分を大量に入れたから生まれるわけではありません。水と油、そして界面活性剤が作るこの繊細なラメラ構造の中に大量の水が安定して抱え込まれることで、あのなめらかな質感が保たれています。

生体の構造と「同じ」と言い切れない理由

ラメラ構造の説明を読むと、「髪の毛の構造とまったく同じだから吸い込まれるように浸透する」といった魅惑的なフレーズに出会うことがあります。しかし、ここは少し冷静に切り分けて考える必要があります。
確かに毛髪内部の細胞膜複合体(CMC)や皮膚の角質層にも、脂質と水分が層状に並んだ生体由来のラメラ構造が存在します。しかし、生き物の細胞が作るラメラと、トリートメントの容器の中で界面活性剤が作るラメラは、構成している化学物質も存在している場所も別物です。
「どちらも層状の配列を持っている」という共通点があるからといって、そのまま「髪の成分と同一だから際限なく馴染む」と飛躍させることはできません。言葉の響きだけに惑わされず、構造の役割をフラットに見つめる視点が大切になります。

お湯と混ざり合うことで変化するダイナミズム

トリートメントのもうひとつの面白さは、容器の中にある静止した状態がそのまま髪に残るわけではないという点です。
手のひらに取り、濡れた髪になじませ、最後に大量のお湯ですすぐ。この一連の動作の中で、製品を取り巻く水分量と成分濃度は一気に跳ね上がります。
濃度が急激に変化することで、容器の中で保たれていたラメラ構造はほどけ、成分の存在状態が刻一刻と変化していきます。その変化の過程で、プラスの電荷を持つカチオン成分がマイナスに帯電した毛髪表面へ強力に吸着し、不要な水分や余分なオイルはお湯と一緒に流れ去っていきます。
私たちが何気なく行っている「塗ってすすぐ」という数分間は、製品のミクロな構造を解きほぐし、髪の表面に必要なバリアを正しく組み替えるためのダイナミックな実験室のようなプロセスなのです。

ラメラ処方=万能という誤解を解く

「ラメラ構造だから絶対に優秀だ」と結論づけてしまうのも、少し早計です。構造が層状になっているかどうかだけで、ヘアケア製品の仕上がりすべてが決まるわけではないからです。
カチオン成分の強度、組み合わせるオイルの種類、保湿成分の質、pHの調整、そして何より髪の上でどう振る舞うかという処方全体のバランスがあって初めて、ひとつのトリートメントが完成します。「ラメラ配合」というバズワードだけで判断してしまっては、結局「〇〇成分配合」という単体での評価と変わりません。
成分表に並ぶ名前は「何を入れたか」という素材のリストに過ぎません。その裏側にある「どう並べ、どう髪の上でほどけさせるか」という設計の奥行きに目を向けること。それこそが、情報に振り回されずに自分に合ったケアを選び取るための、一番確かな眼差しになるはずです。
次回は、こうして整えられたトリートメントを髪につけたあと、私たちが何気なく行っている「時間を置く」という行為に焦点を当てます。5分置けば1分より効くのか、10分放置すればさらに深く入るのか。浸透と時間に関する身近な疑問から、髪とコンディショニング成分のリアルな関係を解き明かしていきたいと思います。

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