映画『蛇の道』 先生!何でリメイクしたのか分かりません!(ネタバレ感想文 )

2024年 仏=日本=ベルギー=ルクセンブルグ合作
(2024年6月14日公開)
だって、こないだオリジナル版観たばっかりなんだもん。
オリジナル版は昨年初鑑賞したんですが、その際に「『CURE』なんか役所広司が飯食ってるだけで怖いんだぜ」って書いてたんですが、『CURE』も観ちゃったんだ、去年。
新作としては『スパイの妻』(2020年)以来なんですかね。
ついでに言うなら、黒沢清作品はほぼ全て観てるんですけど、ここ最近、『地獄の警備員』とか、noteに書いてないけど『回路』(2000年)とか、「初期黒沢清作品」をよく観ているんです。
元々、アタリハズレの大きい人だと思ってるんですけど、最近ハズレが多い気がしていて(笑)
なんか、その理由が今回のリメイクで分かった気がするんです。
巧くなってるwww
実は今まで気付かなかったんですが、この人「ヘタウマ」だったんですよ。
ちなみに世界一のヘタウマ監督はフェリーニですけどね。
フェリーニは天才すぎて「ヘタウマ」なんですよ。ピカソと一緒。
やっぱり「ハリウッド映画が面白い!」っていうのは「ラッセンが好き」っていうのと同じなのかもしれませんね。
で、黒沢清の「ヘタウマ」さは、頭でっかちの印象。
よく言うんですが、黒沢清はものすごく理論的に画面を構成します。
その上で、理屈抜きの「映画的瞬間」を求めるんですけどね。
その「理論的な画面構成」が、理論が先行しすぎて無理があることがしばしばあるんです。

だから、稚拙な(に見える)技術が「味」なわけではないので、本来的な「ヘタウマ」とは異なるんですけど、私は「強引な理論先行画面構成」、簡単に言うと「屁理屈な画面」がヘタな「味」に思えて好きだったんです。
何て言うのかな、変な方向に尖ってる感じが面白かった。
ピカソに相当する例えは思い付きませんけど。
例えば旧『蛇の道』では、移動する車の車内からフロントガラス越しに道を映すショットがいくつか出てきました。でも、曲がった道か起伏の激しい坂ばかりで、真っ直ぐな道は一切ない。
これは主人公たちの「先の見えない」計画と、観客に「先の見えない」不安感を与えることを意図していたと思うんです。
典型的な「頭でっかち」の「屁理屈な画面」。
ところが本作では、この描写は一切ない。
端的に言うと、黒沢清、巧くなってて、尖った「屁理屈な画面」が少なくなっている。それは『スパイの妻』でも薄々感じてはいたんですけどね。
今回のリメイクではっきり分かりました。
そして、巧くなった結果、「普通の映画」になってしまった。
実は前作『スパイの妻』でも、
「ヴェネチア銀獅子賞よりも黒沢清がNHKのニーズに応えられるくらい大人に成長したことを祝福したい」
と私は言ってましてね。
だんだん皆様のお口に合う作品を撮れる作家になってきたんだなあ、と思うんです。
そうか?
(2024.06.23 アップリンク吉祥寺にて鑑賞 ★★☆☆☆)

