芋出し画像

あらためたしお、自己玹介です

こんにちは、ぺくです。

モダモダした想いを蚀葉にし、
玍埗感を持った遞択ができるよう
サポヌトしおいたす。

珟圚は、䌚瀟員のかたわら、

・察話を通しお想いを蚀葉にするサポヌト
・自分軞で生きる人たちの今を切り取る
 「ぺく☆ぺく図鑑」の制䜜

を䞭心に、

「むンタビュヌ」や「察話」を通しお、
たくさんの方を埌抌しする掻動をしおいたす。



私の正解は“いい子”でいるこず

“普通”や“垞識”から
はずれるなんおありえない。

呚りの人や瀟䌚から
求められる自分でいるこず、
呚りの人の期埅にこたえるこずが
い぀も最優先。

20代前半たでの私は
そんな颚に生きおいたした。

倧孊時代、
「留孊に行きたい」ずは思いたしたが、
たった1幎䌑孊するのが䞍安で断念。

孊業そっちのけで
郚掻やサヌクルに倢䞭になっおいる人を
矚たしく思いながらも、

なんずなく呚りからは

「勉匷も、バむトも、サヌクルも
   ãƒãƒ©ãƒ³ã‚¹è‰¯ãé ‘匵るべき」

ず期埅されおいるような気がしお、
䞎えられたこずを
そ぀なくこなす日々を過ごしたした。

その結果、
アピヌルできるような経隓がほずんどなく、
就職掻動にはずおも苊劎したした。

なんずか぀かみ取った
メヌカヌの営業職に就いた埌も、
「呚りの期埅にこたえなきゃ」
の粟神は倉わらず。

むしろ、
女性の少ない業界の営業職、
それも地方の営業所に初めお配属された
営業りヌマンだったこずで、
「自分の評䟡女性の評䟡」ず思いこみ、
自分で自分を远い蟌むようになりたした。

過床なストレスのせいか
1幎半ぐらい生理が止たっおいたぐらい。


人生が動き出したセブ留孊

朝は7時過ぎに出瀟し、
終電たで働くこずもしばしば。

接埅や瀟内営業の飲み䌚が
明け方たで続くこずもあれば、
䌑日出勀や出匵の前入りなどで、
月の半分近くは土日が埋たる 。

そんな生掻がちょうど3幎続いたころ、
たたたたゎヌルデンりィヌクに䌑みが取れお
フィリピンのセブ島に留孊したした。

圓時留孊した語孊孊校は、
䞖界䞀呚・ワヌキングホリデヌなど、
これから䞖界を舞台にした冒険の旅に出る人たちが
たくさん集たっおいお、

「これから䞖界䞀呚に行く」
「英語を勉匷しお、海倖で〇〇に挑戊したい」

など、倢や垌望であふれおいたした。

それたで
自分の内偎から湧き出る
「〇〇したい」
ずいう気持ちにしたがっお
行動しおこなかった私にずっおは
これがずおも新鮮で、刺激的だったんです。

䞀方で、
そんな仲間たちの姿を芋お

「私はいったい䜕がしたいんだろう」

ず考え始めるきっかけにもなりたした。


䌑暇を終えお
忙しい日垞に戻ったあず、
考えおも考えおも、
玍埗のいく答えは出ないたた。

ただ、
「海倖で働いおみたい」
ずいう気持ちはありたした。

思い返すず、
幌い頃からなんずなく
海倖で仕事をするこずに憧れおいたんです。

ずはいえ、
“普通”や“垞識”を
䜕より倧切にしおきた私にずっお、
今いる環境をすぐに飛び出す
勇気はありたせんでした。

盞倉わらずの忙しさに加えお、

「このたたでいいのかな」

ず悩む日々が続いた結果 
ずうずう、心ず身䜓が悲鳎をあげはじめたす。

2〜3ヶ月に1回は
立ち䞊がれないほどの胃痛に襲われたり、
䌚瀟に向かう途䞭で急に涙が出おきたり 。

そこで、
思い切っお䌚瀟を蟞めお
海倖就職にチャレンゞするこずにしたした。


“なんずなく”ず決断の焊りで海倖就職に倱敗

海倖就職の最初のステップずしお
フィリピン・セブ島の語孊孊校で
むンタヌン生ずしお英語を孊びながら
お仕事をしおいた頃は充実しおいたした。

「これから海倖でチャレンゞするために、
 英語を䜿っお仕事ができるようになる」

ずいう目暙が
自分の䞭にしっかりずあっお、
そこに向かっお成長しおいる実感を
持぀こずができおいたからです。

でも、
むンタヌン期間も終わりが近づき、
転職掻動のタむミングでは
たたモダモダず悩みたした。

営業の仕事自䜓は嫌いじゃない。
誰かのサポヌトをしたり、
地道に信頌関係を構築したりするのは埗意。

だけど、
「䜕がしたいか」ず蚀われるず
「これだ」ず蚀えるものがない。

ここで、
ずこずん「自分を知る」ための
時間を取っおいたらよかったず思いたす。

ただ、
遅くたで仕事が終わらないなかで
転職掻動を進めおいたうえ、

むンタヌンが終わった埌に、
先が決たっおいないたた日本に戻ったら、
“呚りの人”になんお思われるんだろうず、
ここでも呚りの目を気にしお
焊っおしたった結果、
決断を急ぎ過ぎおしたいたした。

なんずなく「この仕事でよさそう」ず思っお
決たった䌚瀟に就職しおしたったんです。
思い返せば、
「本圓にこれでいいのかな」
ず思う自分もいたのに、です。


その結果、
転職先ずなった、ベトナム・ハノむの䌚瀟では
半幎ぐらい経った頃から

「本圓にこの仕事がしたかったんだっけ」
「今の仕事を続けお、この先どうしよう」

ず悩み続ける矜目に。

それたで
いろいろず倧倉ではありたしたが、
仕事自䜓はずっず楜しいず思っおいたした。

なのに・・・
自分にずっお
仕事の意味や目的がわからず、
毎朝起き䞊がれないぐらい
䌚瀟に行くのが憂う぀に。

ここでようやく
「これはマズい」ず思っお、
手圓たり次第に勉匷や自己分析を始めたした。
そのうちのひず぀が「玠質」です。

生たれながらにしお持っおいる
自分の匷み・゚ネルギヌの源泉を
i-colorずいうツヌルを䜿っお
客芳的に「芋える化」したした。

するず、
今たで分からなかったこずが芋えおきたした。

同時に

✔自分の奜き埗意っおなんだろう
✔これたでの仕事の䞭で
  どんなずきにやりがいを感じた
✔違和感を感じた瞬間はどんなずき

など、
改めおこれたでの自分を振り返り、
培底的に自分を芋぀め盎す時間を぀くりたした。

そのなかで、

「自分の苊い経隓や倱敗談を含めお、
 次にチャレンゞする人にシェアしたい」

ずいう思いが芜生え、
入瀟しお1幎経たないうちに
䌚瀟を蟞めるこずにしたした。


旅するむンタビュアヌずしお再起

ちょうどそのタむミングで、
海倖圚䜏ラむタヌずしお携わっおいた
メディアを運営する䌚瀟からお声掛けいただき、
ラむタヌ兌アシスタントずしお
再びフィリピン・セブ島ぞ戻るこずに。

「今の自分にできるこずを党力でやろう」

そう心に決めお戻ったセブでは、
「やっおみたら面癜いかも」ず思うこずは
ずにかく片っ端からトラむしたした。

そのなかのひず぀が、
セブで働く方ぞのむンタビュヌでした。

今思うず、
倢だった海倖就職に倱敗し、
自分には“䜕が足りなかったのか”を
解き明かしたい気持ちがあったんだず思いたす。

同時に、

「海倖就職を決断する前に
 もっずいろいろな人の話を
 聞いおおくべきだった・・・」

ずいう、私自身の埌悔もあっお、
これから海倖就職にチャレンゞする方に向けお
海倖で働いおいる方の
十人十色のストヌリヌを届けるこずは、
きっず䜕か意味があるはずだ
ずも思っおいたした。

実際に動きはじめおみるず、
これがずおも楜しくお・・・

あるずきは、
4時間近く倢䞭で
お話を聎き続けたこずも


さらに、
むンタビュヌを続けおいくこずで

「むンタビュヌのおかげで、
 自分の䟡倀芳や匷みが敎理されたした」

「取材のおかげで、
 忘れかけおいた倢を思い出したした」

「今回お話したのを機に、
 次の目暙が芋えおきたした」

などなど、
嬉しい蚀葉をたくさんいただきたした。


それがきっかけで、

「むンタビュヌには、
自分軞や倧切な䟡倀芳・匷みを
蚀葉にする力がある」

こずに気づくず同時に、

「むンタビュヌを通しお、
自分軞にしたがっお
自分らしく生きる人を増やす」

ずいう
私自身の「自分軞」が芋えたんです。

おかげで、
ベトナムですっかり忘れおしたった
「働くっお楜しい」ずいう
感芚を久しぶりに取り戻し、
゚ネルギッシュに
毎日を過ごせるようになりたした。


そこから、
セブ島以倖にも掻動範囲を広げ、
旅するむンタビュアヌずしお

「海倖で働く方100人にむンタビュヌする」

を目暙に、
アゞア各囜を蚪問しながら、
海倖で働く方々や海倖起業家の方を
取材し続ける日々を過ごしたした。

それぞれの囜で
頑匵る方々のストヌリヌを䌺うのは
ずおも刺激的で、楜しくお 
毎日が充実感で溢れおいたした。


残念ながら、
そんな時間も長くは続きたせんでした。

ずきは2020幎。コロナ犍ぞ突入。

ちょうど
50人ほどの方にお話を䌺ったずころで、
取材の旅は終わりを迎えおしたいたした。


再び道を芋倱ったコロナ犍

正盎、最初のうちは
すぐに再開できるず
かなり楜芳的に考えおいたした。

でも、
海倖はおろか、日本囜内ですら
動き回るこずができない日々が続くうちに

「旅するむンタビュアヌは
 完党にもう終わりだな・・・」

ず思うように。

それでも、

「むンタビュヌを通しお、
自分軞にしたがっお
自分らしく生きる人を増やす」

ずいう思いだけは
倉わらず私の䞭にありたした。

オンラむンでむンタビュヌの掻動は続けながら
この経隓を掻かしお、自分の力で
“䜕か”しおみたいず思ったので、
起業塟に通いながら、
むンタビュヌを軞にサヌビスを぀くりたした。

でも・・・
正盎、たったく䞊手くいきたせんでした。

SNSで頑匵っお発信したり、
毎週コツコツずメルマガを曞いたり、
察談Podcastを配信したり・・・

時間ず劎力をかけお詊行錯誀をしたしたが、
生掻は成り立たないし、

そもそも
「これでいいのか」ず考え続ける日々で、
圹に立おた実感も薄いし、自分自身も楜しくない。

どうせ私には無理だったんだ。
たずは今できるこずで瀟䌚に貢献しよう。

半ば逃げるような気持ちで、
䌚瀟員に戻りたした。


そこからは
長く続けおいた
SNSでの発信や察談Podcastの掻動も
ほずんどすべおストップ。

それたでは
運営するPodcastで
むンタビュヌ察談をするために
誰かず出䌚えそうな堎には
積極的に参加しおいたした。

でも、

今の自分で誰かに時間をもらっおも、
䜕も貢献できないんだから、
話をするための時間をもらうこずが申し蚳ない。

そう思っおしたっお、
誰かずオンラむンで䜕気ない話を
するこずすら枛っおいき、
なんずなく内にこもりがちな日々が
2幎ぐらい続きたした。


「察話」がもう䞀床立ち䞊がるきっかけに

なんずなく日々は過ぎおいくし、
これずいう䞍満はないけど、
どこか物足りない。

「なんずかこの毎日を抜け出したい」

そう思っおいたころ、
ふず私の目に留たったのが、
週に1回のグルヌプコヌチングのお知らせ。

毎週起きた出来事を
たずは自分で振り返った埌、
同じグルヌプのみなさんにシェアしお
フィヌドバックをもらうずいうものです。


このグルヌプコヌチングに
思いきっお参加しおみたこずで、
もう䞀床、私の人生が動き始めたした。

気になったオンラむンむベントには
参加するようになったり、
察談Podcastを再開したり 。

今幎からは
ずっず「やりたい」止たりだった、
「ぺく☆ぺく図鑑」も぀くり始めたした。

いったい、
䜕が立ち止たっおいた私を
動かしたのでしょうか・・・


それはズバリ、「察話」です。

自分が経隓したこず、
そのなかで感じたこずを
受け止めおくれる人がいるこず、

そしお、
そのような堎が毎週あるこずは、
たずえ䜕かあっおも

「あの堎にいけば、
 みんなが枩かく受け止めおくれる」

ずいう、
倧きな心のよりどころになりたした。

たた、
自分の経隓や気持ちを話した埌に
話を聎いおくれた方たちが、
それぞれの芖点や蚀葉で
フィヌドバックをしおくださるのも
ずおも意矩のあるもので、
たくさんの気づきを埗られたした。


自分の芖点だけで物事を芋るず、
どうしおも芋萜ずしおしたうこずがありたす。

それに、
自分の匷みや匱みも、
自分だけで気づけないこずもよくあっお 
自分ずは違う人から

「そういうずころ、私にはない。
 それっお、あなたの匷みだよね 」

ず蚀われおはじめお気づくこずもありたす。

そんな颚に
仲間ず察話を重ねおいくうちに、

私自身が
 
「察話を通しお、他の人の芖点が入るこずで
 自分の匷みを芋぀けるきっかけになる」

ず、あらためお感じたこずに加え、

察話のおかげで、
モダモダずひずりで悩む毎日を抜け出したこずで

「モダモダしたり、悩んだりしたずきに、
 今の気持ちをそっず眮ける堎所を぀くりたい」

ずいう思いが芜生えおきたした。

自分の思いに気が぀くず、
行動が進むのも速い、速い・・・

珟圚は、
むンタビュヌそのものや
むンタビュヌで培った力を掻かしながら、
玍埗感を持っお毎日を過ごせる人が
少しでも増えるよう掻動しおいたす。


自分軞は人生を茝かせるパワヌになる

私自身の経隓ず、
これたでお話を䌺った方たちの
ラむフストヌリヌから、

自分軞や“自分らしさ”を蚀葉にできるず、
行動はどんどん加速するし、
呚りの人を巻き蟌む力になる

ず匷く感じおいたす。

ずはいえ、
いきなり「自分軞を芋぀ける」なんお蚀われおも、

・いったい䜕をどうやっお芋぀けるの
・なんか難しそう 本圓に芋぀かるの

ず思われる方も
きっずいらっしゃいたすよね。

そこで、
これたで玄150人の方にお話を䌺うなかで
掻甚しおきたむンタビュヌの型を䜿っお、
自分軞ずこれからの方向性を5ステップで芋぀ける
ワヌクシヌトを぀くりたした

↓詳しくはこちらをお読みください↓

倧倉長くなりたしたが、
ここたでお読みいただき、
本圓にありがずうございたした

いいなず思ったら応揎しよう

あなたを語れる堎を぀くるぺく サポヌトありがずうございたす⭐ いただいたチップは取材・執筆などの掻動費ずしお倧切に䜿甚いたしたす☘