見出し画像

狭いトイレとの格闘(エッセイ)

私は神田にあるヨガスクールに10年以上通っている。もともと身体が柔らかかったおかげで、体験レッスンをしたその日に会員になった。今でも月4回はレッスンを受けている。
そのスクールの先生のひとりが、女優とヨガインストラクターの二足のわらじを履いていた。以前は占い師の肩書きまであったから、実に多才で尊敬すべき素敵な女性である。

ある日の特別レッスンで、
「今度舞台に立つので、お時間があればぜひ」
とチラシを渡された。しかも先生は、ミキプルーンのCMで中井貴一と共演していると言う。
これは一度は観に行かねばなるまい。
ヨガ仲間を誘い、両国の小劇場へ向かった。

開演前、私たちは当然のようにトイレへ向かった。
ところが…。
個室が、とにかく狭い。
ドアを開けた瞬間から嫌な予感がした。ズボンを下ろそうにも目の前はすぐドア。便器に座るまでが一苦労なのだ。
その時だった。
隣の個室から
「ゴンッ!」
という鈍い音が響いた。
「大丈夫?」
思わず声を掛けると、
「大丈夫。でも、ここ狭いね」
とヨガ仲間。
やっぱり頭をぶつけたらしい。
私も人のことは笑えない。
立ち上がってズボンを上げようとした瞬間、便器の蓋がお尻にパタン。
狭い個室で蓋と格闘しながら服を整える姿は、もはや喜劇そのものだった。
「早めに来て正解でしたね」
舞台が始まる前から、私たちはひと仕事終えた気分だった。

肝心の舞台も喜劇で何度も笑った。けれど一番印象に残ったのは、先生の熱演でも名台詞でもない。あの狭すぎるトイレだった。

そう言えば、西荻窪のギャラリーにも忘れられないトイレがある。
こちらは昔ながらの和式便所。
東京でも古い建物には、まだまだ現役で残っている。
ヨガでは、便所座りからスッと立ち上がる動きをよくやる。だから多少の自信はあった。
ところが、この便所では話が違う。
狭すぎて身体が思うように動かない。
結局、給水パイプに両手でつかまりながら、少しずつ立ち上がる始末。
ヨガ歴10年以上の私ですらこれなのだから、筋力が落ちた人にはなかなか厳しい便所である。

あかん。
もっと鍛えなくては。
スクワットでもしよう。
四股も踏もう。
……そうか。
両国といえば相撲。
劇場まで私を導いたのは、四股つながりだったのか。
そう思った、7月最後の日曜日だった。

いいなと思ったら応援しよう!