見出し画像

虫を食べる話(エッセイ)

つい先日、犬友さんたち5組で、いつもの公園を犬連れで散歩した。犬の大きさはまちまちなので、足並みはなかなか揃わない。けれど、飼い主たちのお喋りはよく弾む。
その日は私が少し出遅れたこともあり、予想どおり散歩の途中で日が暮れてしまった。

すると誰かが、ふいに虫の話を始めた。
そこから話題は徐々に変わり、いつの間にか、
「どんな虫なら食べられるか?」
という話になった。
そういえば日本では、将来的な食糧危機や地球温暖化への対策として、昆虫を代替タンパク源にしようという話がある。
それを聞いて、田舎育ちの私は言った。
「イナゴの佃煮なら、私、全然食べられるよ。蜂の子だって食べたことあるし」
すると皆んなは、
「えーーーっ! 信じられない!」
と、思いのほかドン引き。
「えっ、だってこの公園、カブトムシやクワガタはもちろん、カナブンやバッタだっていっぱいいるじゃん。みんな虫には慣れてるでしょ?」
そう言うと、
「見るのと食べるのは別だよ!」
と、口々に反論された。

なるほど。
言われてみれば、確かにそうかもしれない。
特に虫は、足の本数が多い。
それが食欲を削ぐらしい。
実は最近、散歩のたびにクワガタ捕りをしている犬友さんがいる。
懐中電灯で「ここぞ」と思った木の幹を照らすと、クワガタやカブトムシが張り付いているそうだ。
ただし、困ったことに、私の大嫌いな虫……ここではGと呼ばせていただく……まで張り付いているらしい。
私は見るのもごめんだけど。
その犬友さんに聞いてみても、
「飼うのはいいけど、食べるのは嫌」
とのこと。
そんなもんかなぁ。

そういえば、私が初めて蜂の子を食べたのは、もう30年くらい前のことだ。
「漫画家の友達が吉祥寺に事務所を構えているから、遊びに行くんだ」
と私の友達が言うので、拝み倒して一緒について行った。
その漫画家さんは、土田世紀くん。
人間の泥臭さや生き様、挫折と再生を熱く描き、「天才」と称された、私と同じ秋田出身の漫画家だった。
吉祥寺にあった事務所には、部屋の端に二段ベッドが3台も置かれていた。
売れっ子漫画家というのは、こんなにも忙しいものなのかと、妙に感心したのを覚えている。
私は恐縮しながらサインをいただき、しばらく歓談していた。
すると、土田くんが、
「これ、長野出身のアシさんからもらったんだ」
と、ある瓶を差し出した。
中に入っていたのは、蜂の子だった。
「ひーーーーっ!」
と叫びたいところをグッとこらえ、私は平気な顔をして、
「へぇ……」
などと言いながら、味見をすることになった。
覚悟を決めて、一匹だけ口に入れる。
歯で噛んだ瞬間、中から柔らかい液体がプシューッと出てきた……ような気がする。
なにせ30年も前のことだから、細かいところはもう覚えていない。

ただ、あのとき「私は蜂の子を食べた」という事実だけは、しっかり残っている。
土田世紀くんは、その後、才能を惜しまれながら43歳の若さで亡くなった。
お酒を飲まずにはいられない体質だった、と聞いたことがある。
彼の作品の中にはドラマ化されたものもあり、本当に惜しい人を亡くしたものだと思う。

……と、話がずいぶん横道に逸れてしまった。
虫の話に戻ろう。
犬は、生きたセミを食べる。
良質なタンパク質を摂るためだとか。
飼い主としては、羽をバタバタさせながら逃げ惑うセミを、犬が嬉々としてパクつく姿なんて、できれば見たくない。
でも、そういう犬の話を聞くたびに、
「ああ、犬にはまだちゃんと野生が残っているんだな」
と、ちょっと安心したりもする。
我が家のまだ5ヶ月の愛犬に、生きたセミを与えるつもりはもちろんない。
けれど、もしも将来、犬にも代替タンパク質の確保が必要な時代がやってきたら。
そのとき私は、必死になって虫を捕まえているかもしれない。
「カフカ、今日はカブトムシよ!」
なんて言いながら。
……あれ?
私、なんの話をしてたんだっけ?


いいなと思ったら応援しよう!