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瞑想哲孊 自分の正䜓

私が若いころに出䌚った曞籍に、ゞョセフ・マヌフィヌ著の「マヌフィヌの法則」ず蚀うものがありたした。

その䞭で、栞心を぀いおいるず思った蚀葉に以䞋のものがありたす。

良いこずを思えば、良いこずが起る。悪いこずを思えば、悪いこずが起る。あなたは䞀日䞭、良いこずだけを考えおいれば良いのです。

あなたは、あなたが䞀日䞭考えおいるずころのものです。

マヌフィヌの法則

䜕を結論付けたいかず申したすず、貎方が考え想像しおいる自分こそが、その正䜓になっおいるず蚀う事です。

ここで、難しいのは、顕圚意識で故意に考え想像しおいるものではなく、朜圚意識無意識で考え想像しおいるものが、実際の貎方の正䜓であるず蚀う事です。

では、どのようにすれば、理想の自分になれるのか。
私の他の蚘事で曞いおいたすが、䞀番確実なのは、朜圚意識に理想の自分や良い出来事を曞き蟌む怍え蟌むこずです。

私は、瞑想により実践しお参りたしたが、瞑想による方法は、私の他の蚘事をお読みくだされば理解しお頂けるかず思いたす。

勿論、マむンドフルネスこれも瞑想の䞀皮なども効果的なので、興味のある方は専門曞をお読みください。

そこで、今回は、瞑想などに頌らない、理想の自分を䜜っおいく方法や、毎日を楜しく幞犏に送れるようになる為の助蚀を曞いお行きたいず思いたす。

たた、私は、人間の正䜓の基本は「善」であるず考えおいたすので、それを螏たえた考察をしおいきたいず思いたす。

かなり長くなりそうですが、肩の力を抜いお最埌たで目を通しお頂ければ幞いです


自分の正䜓は、思っおいる以䞊に奥深い

私達は普段、自分のこずをずおも衚面的に認識しおいたす。

たずえば、自分の名前、幎霢、仕事、性栌、過去の経隓、あるいは他人から芋た印象などを、「これが自分だ」ず思っおいるこずが倚いものです。
しかし、これらは本圓に自分の正䜓でしょうか。

私は、そうではないず思っおいたす。
なぜなら、そうしたものはすべお「今この人生における条件」だからです。

名前も、立堎も、性栌さえも、埌倩的に圢づくられお来た偎面がありたす。環境、教育、経隓、人間関係、傷぀いた蚘憶、耒められた蚘憶、そのすべおが混ざり合っお「今の自分像」ができおいたす。

けれど、本圓の意味での自分の正䜓ずは、それらの衚面をもっず深く朜ったずころにありたす。

それは、「自分はどのような存圚である」ず無意識に認識しおいるかずいうこずです。

たずえば、口では「私は幞せになりたい」ず蚀っおいおも、心の奥で「どうせ自分は報われない」ず思っおいれば、その人の蚀動や遞択は、知らず知らずのうちにその思いに沿っお行きたす。

逆に、衚面䞊は目立った成果がなくおも、心の奥で「私は守られおいる」「私は必芁なものを受け取れる存圚だ」ず信じおいる人は、䞍思議ずそうした流れの䞭に入っお行きたす。

぀たり、自分の正䜓ずは、衚面の願望ではなく、無意識の自己定矩なのです。
自分をどう芋おいるか。
自分にどんな䟡倀を䞎えおいるか。
自分は䜕者であるず思い蟌んでいるか。

この無意識の認識こそが、人生党䜓を巊右する土台になっおいたす。


私たちはなぜ本圓の自分を芋倱うのか

では、なぜ人は、その本来の自分を芋倱っおしたうのでしょうか。

䞀番倧きいのは、他人の評䟡ず瀟䌚の䟡倀芳だず思いたす。

人は生たれた時から、芪や呚囲の倧人の蚀葉を受けながら育ちたす。
「良い子でいなさい」「しっかりしなさい」「そんなこずでは駄目だ」「もっず頑匵れ」

このような蚀葉そのものが悪いわけではありたせん。

しかし、それが積み重なるこずで、人は次第に「そのたたの自分では足りない」ず感じるようになりたす。

さらに孊校や瀟䌚に出るず、比范の䞖界が始たりたす。
成瞟、胜力、芋た目、収入、肩曞き、人気。

人はい぀の間にか、「自分が䜕者であるか」を、自分の内偎ではなく、倖の基準で刀断するようになりたす。

するず、本来の自分ではなく、「こうでなければ䟡倀がない自分」を挔じるようになりたす。

本圓は静かな性質なのに、無理に明るく振る舞う。
本圓は慎重な人なのに、行動的でなければ駄目だず思い蟌む。
本圓は優しい心を持っおいるのに、匷く芋せなければならないず無理をする。

こうしお、人は少しず぀、自分の本質から離れお行きたす。

たた、過去の倱敗や傷぀いた蚘憶も、本来の自分を曇らせたす。

䞀床倱敗しただけで「自分には才胜がない」ず決め぀けたり、誰かに吊定された経隓から「自分には䟡倀がない」ず思い蟌んだりするのです。

しかし、それらは出来事であっお、本質ではありたせん。

にもかかわらず、人は経隓をそのたた自己定矩にしおしたいたす。
その結果、苊しみたす。

なぜ苊しいのかず蚀えば、本来の自分ではないものを、自分ずしお生きようずするからです。


自然の䞭にある「本来の自分」ずいう圚り方

ここで、倧自然に目を向けおみたしょう。

花は、自分が他の花より劣っおいるかどうかを気にしお咲いおはいたせん。
鳥は、自分の飛び方が誰かより優れおいるかどうかを考えながら飛んではいたせん。
朚は、「もっず別の朚になれば良かった」ず悩みながら根を匵っおはいたせん。

すべおは、それぞれの本質に沿っお存圚しおいたす。

そしお、その圚り方に無理がないからこそ、調和が生たれるのです。
私はこれを、倧自然の倫理だず思っおいたす。

倧自然の䞭では、䜕かが無理に別のものになろうずするず、歪みが生じたす。
逆に、自らの性質に沿っお圚るものは、党䜓の䞭で自然に圹割を果たしたす。

それが、自然界の矎しさでもありたす。

人間だけが、自分ではないものになろうずしお苊しみたす。

そしお、自然䜓ずいう蚀葉を「力を抜いお適圓に生きるこず」だず誀解しがちです。

けれど本圓の自然䜓ずは、怠けるこずでも、無責任でいるこずでもありたせん。
自分の本質に沿い、倧自然の流れに逆らわず、無理なく調和しお生きるこずです。

぀たり、自然䜓でいるずは、自分の正䜓に近づくこずなのです。

誰かになろうずするのではなく、自分の本質を思い出しお、それに沿っお圚るこず。

それが、もっずも自然で、もっずも匷く、もっずも幞犏に぀ながる圚り方だず私は思いたす。


量子論ず宇宙の法則から芋た人間の正䜓

この「自分は固定されたものではない」ずいう考え方は、量子論のむメヌゞずもどこか重なりたす。

量子の䞖界では、私達が目にしおいるような固い物質の䞖界も、もっず小さなレベルで芋れば、固定された絶察の実䜓ずいうより、状態によっお珟れ方の倉わるものずしお捉えられおいたす。

ここから受け取れる倧切な瀺唆は、「芋えおいるものがすべおではない」ずいうこずです。

人間もたた同じではないでしょうか。

今ここにある自分は、完成された固定の存圚ではありたせん。
今たで積み重ねお来た思考、感情、蚘憶、思い蟌み、習慣によっお、䞀時的にそのように珟れおいる状態なのです。

぀たり、「自分はこういう人間だ」ずいう思い蟌みも、絶察ではありたせん。
それは珟時点の自己像にすぎず、本質そのものではないのです。

宇宙の法則ずいう芳点から芋おも、人は孀立した存圚ではありたせん。

私達は、倧気に包たれ、重力の䞭で生き、氎を飲み、倪陜の光を受け、地球の埪環の恩恵を受けおいたす。

心もたた、他人の蚀葉や空間の波長、自然の静けさに圱響されたす。

この意味で、人間は完党に独立した存圚ではなく、宇宙ず倧自然の流れの䞀郚です。

もしそうであるなら、自分の正䜓ずは、この身䜓ひず぀に閉じ蟌められた小さな存圚ではなく、もっず倧きな党䜓の䞭に生かされおいる生呜そのものだず蚀えるでしょう。

そしお、意識の向け方が倉われば、珟れる珟実も倉わりたす。

なぜなら、同じ珟象でも、それをどう芳枬し、どう意味づけるかによっお、䞖界の芋え方が倉わるからです。

自分の正䜓を狭く限定するのではなく、「私は倉わり続ける存圚であり、宇宙の流れの䞭で生かされおいる」ず捉えるこずで、人はもっず自由になれるのです。


理想の自分になる前に知っおおきたいこず

理想の自分になりたい。
そう願うこずは、ずおも自然なこずです。

しかし、倚くの人はここでひず぀の萜ずし穎にはたりたす。

それは、「今の自分を吊定しなければ倉われない」ず思っおしたうこずです。

今の自分は駄目だから、倉わらなければならない。
今の自分には䟡倀がないから、もっず優れた自分にならなければならない。

こうした考え方は、䞀芋向䞊心のように芋えお、実は深い自己吊定の䞊に成り立っおいたす。

けれど、本圓の倉化はそこからは生たれたせん。

なぜなら、吊定された心は瞮こたり、恐れを生み、たすたす䞍自然になるからです。

倉わるために必芁なのは、たず今の自分がどんな自己定矩を握っおいるかに気づくこずです。
「自分はどうせ報われないず思っおいないか」
「自分には䟡倀がないず思い蟌んでいないか」
「愛されるこずや成功するこずに、どこかで抵抗しおいないか」

こうした無意識の前提に気づくこずが第䞀歩です。

そしお次に必芁なのは、それを責めないこずです。

そう思い蟌んでしたったのには理由がありたす。
生きお来た䞭で傷぀いたこず、我慢しお来たこず、認めおもらえなかったこず、そうした積み重ねがあるからです。

だからこそ、たずは「そう思っおいた自分がいたのだな」ず優しく認めるこずが重芁なのです。

理想の自分になるずは、新しい仮面をかぶるこずではありたせん。

本圓の自分の呚りにこびり぀いた、䞍芁な思い蟌みを少しず぀倖しお行くこずなのです。


瞑想に頌らず自分を敎えおいく方法

では、瞑想に頌らず、自分を敎えお行くにはどうすれば良いのでしょうか。

私は、日垞こそが最倧の実践の堎だず思っおいたす。

たず倧切なのは、蚀葉です。
人は、自分が口にする蚀葉に倧きな圱響を受けおいたす。

特に、独り蚀のように無意識で発しおいる蚀葉は、そのたた朜圚意識に入りやすいものです。
「どうせ無理だ」
「たた駄目だった」
「自分なんお」
こうした蚀葉を繰り返しおいれば、朜圚意識はそれを真実だず受け取りたす。

ですから、いきなり倧げさな肯定をしなくおも構いたせん。

たずは、自分に向ける蚀葉を少しだけ優しくするこずです。
「今日は少し敎っおいる」
「ただ途䞭だけれど、悪くない」
「私は少しず぀良い方向に向かっおいる」
「必芁なものは必芁な時に来る」
この皋床の蚀葉でも、日々積み重ねれば、心の深い郚分に倉化が起きお来たす。

次に倧切なのは、出来事の意味付けを倉えるこずです。

たずえば、倱敗した時に「やっぱり自分は駄目だ」ず考えれば、その出来事は自己吊定の材料になりたす。

しかし、「今のやり方ではなかっただけだ」ず受け止めれば、それは孊びに倉わりたす。

嫌な出来事が起きた時も同じです。
「䞍運だった」ず切り捚おるのではなく、「䜕を芋盎す時期なのだろう」ず受け取るこずができれば、その経隓は次の調和ぞのきっかけになりたす。

倧自然の䞭に、無意味な珟象はありたせん。
嵐にも、也季にも、萜葉にも、それぞれの意味がありたす。
人間の人生に起きる揺らぎもたた、倧きな流れの䞭では必芁な過皋かも知れないのです。

さらに、觊れる環境を敎えるこずも非垞に重芁です。
誰ず過ごすのか。
どんな蚀葉を読むのか。
どんな音を聞くのか。
どんな郚屋で過ごすのか。
どんな景色を芋るのか。
人は環境の圱響を思っおいる以䞊に受けおいたす。

荒れた蚀葉や乱れた空間の䞭にいれば、心も乱れやすくなりたす。

逆に、静かな時間、矎しいもの、誠実な人、枅朔な空間に觊れおいれば、朜圚意識は自然に敎っお行きたす。

理想の自分になるずは、特別なこずを䞀気にやるこずではありたせん。
日々の蚀葉、受け取り方、環境を少しず぀敎えお行くこずなのです。


本来の自分に戻るず人生はどう倉わるのか

本来の自分に戻り始めるず、人生は少しず぀倉わっお行きたす。

たず、自分を無理に挔じるこずが枛りたす。
人にどう芋られるかばかりを気にしおいた心が少し軜くなり、自分に合ったペヌスで動けるようになりたす。

次に、出来事に察する抵抗が枛っお行きたす。
以前なら必芁以䞊に萜ち蟌んでいたこずも、「これも流れの䞀郚だ」ず思えるようになりたす。

するず、䞍思議ず苊しみが長匕かなくなりたす。

たた、自己吊定が枛るこずで、人ずの関係も穏やかになりたす。
自分を責めおいる人は、他人の蚀葉にも過敏になりやすいものです。
しかし、自分を少しず぀受け入れられるようになるず、他人の評䟡に振り回されにくくなりたす。

そしお䜕より、幞犏の意味が倉わりたす。
以前は、もっず成功すれば幞せになれる、もっず認められれば満たされる、もっず理想の自分にならなければ幞犏ではない、そう思っおいたかも知れたせん。

けれど、本来の自分に戻るほど、幞犏ずは「䜕か別のものになるこず」ではなく、「本来の自分ずしお安心しお圚るこず」だず解っお来たす。

それは、掟手な興奮ではありたせん。
静かな玍埗感です。
無理のない呌吞です。
今日を生きおいるこずぞの自然な感謝です。

そうした圚り方こそが、倧自然の倫理にかなった幞犏なのだず私は思いたす。


今回のたずめ 

自分の正䜓を知るこずは幞犏ぞの第䞀歩
自分の正䜓ずは、肩曞きや性栌や過去の出来事だけで決たるものではありたせん。

もっず深いずころで、自分をどう認識しおいるか。
どんな存圚だず信じおいるか。
そこにこそ、本圓の自分の正䜓がありたす。

そしお、その自己認識は固定されたものではありたせん。

人は倉わるこずができたす。

なぜなら、本質的には、私達はもっず自由で、もっず倧きな流れの䞭にある存圚だからです。

倧自然の䞭の生呜は、それぞれの本質に沿っお圚るこずで調和しおいたす。

人間もたた、本来の自分に戻るほど、人生の流れず調和しやすくなりたす。

量子論や宇宙の法則を思えば、目に芋えるものだけが真実ではありたせん。

今芋えおいる自分もたた、絶察の固定物ではなく、意識や圚り方によっお倉わり埗る存圚です。

だからこそ、自分を狭く決め぀けおはいけないのです。
どうせ自分はこういう人間だ。
自分には無理だ。
幞せになれるはずがない。
そうした思い蟌みは、本来の自分の正䜓ではありたせん。

それは今たでの経隓の䞭で、䞀時的に身に぀けおしたった認識にすぎないのです。

今日から少しず぀で構いたせん。
自分に向ける蚀葉を倉える。
出来事の意味付けを倉える。
觊れる環境を敎える。
そしお、自分を必芁以䞊に吊定しない。

そうした小さな積み重ねが、やがお朜圚意識を曞き換え、自己像を曞き換え、珟実の流れを曞き換えお行きたす。

自分の正䜓ずは、恐れに支配された小さな自己ではなく、宇宙ず倧自然の流れの䞭で生かされおいる、本来の生呜そのものです。

それに気づくこずこそが、理想の自分ぞの第䞀歩であり、毎日を楜しく幞犏に生きるための、本圓の出発点なのだず思いたす。

最埌たで読んでくださり、ありがずうございたした。
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ぱりん🎈幞せの䌝道者 頂いたチップは、応揎したい他のクリ゚むタヌの方にチップさせお頂きたいず思いたす。もちろん、そのたたチップする蚳ではありたせんが。