まだ足りないと思っている人へ
私が数十年生きてきて、
ようやく分かり始めたことがあります。
人は、
自分の欠けているところはよく見えるのに、
自分が持っているものは驚くほど見えていない
ということです。
私自身もそうでした。
知識かもしれないですし、経験かもしれない。
資格かもしれないと思う日もあれば、
実績かもしれないと思う日もある。
だから常に何かを作ろうとしていました。
何かを作ろう!
もっと学ぼう!
もっと知らなければ!
もっとできるようにならなければ!
そんなことばかり考えて
気付けば十数年経っていたように思います。
でも、そんな中で
いろいろな方とお会いする機会が増え、
そこで気付いたことがあります。
私が必死に増やそうとしていたものを、
相手はあまり見ていなかったのです。
見ていたのは、
その奥にいる私自身でした。
私が何を考えているのか。
私が何を見ているのか。
私がなぜそんなことを言うのか。
私がどんな経験をしてきたのか。
そんなことに興味を持ってくださる方が
多くいる事に気が付きました。
正直なところ、
最初は意味が分かりませんでした。
なぜなら、
私は自分に価値があるとは
思っていなかったからです。
自分そのものに価値があると思えなかったので、
価値のある何かを作ることで
補おうとしていたのだと思います。
でももしかしたら、
順番が逆だったのかもしれません。
そんな気付きからの今回のお話です。

私たちは案外、
自分の価値を
自分で一番見つけられない
のです。
こう聞くと当然のように感じる方も
おられるかと思いますが、
改めて考えてみて欲しいのです。
足りないところはよく見える。
驚くほどよく見えます。
できていないことも…もちろんよく見える。
でも、
当たり前にできていることほど見えません。
長く続けてきたことほど見えません。
人から見たら特徴なのに、
本人にとっては普通だからです。
そしてこれは、
私だけの話ではないと思うのです。
人は誰でも、
『まだ足りない』を探しています。
でも本当は、
足りないものより先に、
誰にでも既に持っているものがある!
それを一人で見つけるのは難しい。
だから人は、
誰かと出会うのでしょう。
そして私は今、
人の反応の構造を考えながら、
同時にそんなことも考えています。
支えられる側だった私も、
誰かの役に立っていたこと。
足りないものばかり見ていた私にも、
既に持っているものがあったこと。
人は案外、
自分で思っている以上に、
誰かに見つけてもらいながら
生きているのだろうと思います。
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・分かってるのに、人はなぜ心が崩れるのか
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いま書いていることのずっと前。
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