見出し画像

事実を真実にする

日常の生活のなかで、ふと手が止まり、あるいは目線が静止する瞬間がある。

めまぐるしく動き続けていた車輪や扇風機の羽根が、その回転をゆるめ、カチリと止まる時。私たちの目に飛び込んでくるのは、ある一枚の「静止画」にすぎない。そこに現れた図象を、人は「事実」と呼ぶ。

しかし、本当にそうなのだろうか。

動いている最中の車輪には、静止した瞬間には決して捉えきれない、無数の「切り取られた事実」が重なり合い、連続している。回転している渦中にあるその一枚枚を、人間の肉眼で直接見ることはできない。私たちができるのはただ、残像の残り香を感じ取り、回転していたその全体の姿を頭の中で手繰り寄せ、想像することだけだ。

そして、その想像によって立ち現れる全体像こそを、私たちは本来「真実」と呼んでいるのではないだろうか。

世間で「これが事実だ」と指し示されるものすら、実は人間の想像力が紡ぎ出した「真実」という名の解釈にすぎないのかもしれない。

真実とは、一箇所に留まり固定された標本のようなものではない。それは常に軽やかに、あるいは静かに回転を続け、かたちを変え続けている。変わり続けるその営みそのものに想いを馳せること。見えない回転の向こう側を想像し続けることの中にしか、物事の本当の姿は映し出されないのだと思う。

医療の現場でも、同じような「回転」と「静止画」の行き違いを経験したことがある。

血液検査の結果や問診票の記述、そしてその場での診察。提示された数字や所見に異常が見られないとき、医師が見ているのは、あくまでその一瞬に切り取られた「静止した事実」でしかない。

「どこも悪くないですよ」

そう告げられ、なおも切実な不調を訴えると、まるで病気を装っているかのような、冷ややかな視線を向けられたことがあった。時には、一言「年齢のせいでしょう」と片付けられてしまうこともあった。彼らは、目の前で刻々と動き続けている私の体の「回転」そのものを見ようとはせず、切り取られた一枚の画像だけを見て判断していたのだ。

膠原病でもなければ、椎間板ヘルニアでもない。長い試行錯誤の末にたどり着いた病名は、「胸郭出口症候群」というものだった。

命に直結するような重篤な病ではないかもしれない。しかし、手を長く上に挙げ続けたり、キーボードに向かって作業を続けたりしていると、じわじわと手に痺れが走り、やがて全身へと痛みと痺れが広がっていく。そうなると、もう集中力は跡形もなく途切れてしまう。

ただ生きているだけなら問題はないかもしれない。けれど、自分が得意としていたこと、生活の中で大切に重ねてきた営みが突然できなくなるということは、人から存在の言葉を奪われるのと同じくらい、深く、切ない苦しみだった。

一瞬の検査結果という「静止画」の陰で、私の体はずっと、痺れと痛みという見えない回転を続けていた。

その辛い経験を経てから、私は人に物事を伝えるとき、単に「何が起きたか」という点だけではなく、それがどのような時間や環境のなかで起きたのか、つまり「時系列と環境」という背景を添えて語るようになった。

人はどうしても、切り取られた一瞬の場面や数字だけで物事を判断したくなる。だが、その時の温度、空気の湿り気、それまでに積み重なってきた時間の経過や体の細かな動きといった「前提条件」が伴って初めて、断片的な事実は一つの生き生きとした「真実」へと結実するのだと思う。

キーボードに置かれた指先が、はじめの数分間は軽やかに動いていたとしても、小一時間が過ぎ、静かな疲労が首や肩の奥深くに蓄積したとき、はじめて痺れという歪みが姿を現す。ただ「今、手が痺れている」という事実だけを切り出しても、あるいは静止した診察室の椅子に座っている一瞬だけを検分しても、その背後に潜む痛みの輪郭は決して見えてこない。

どのような文脈の中でその現象が生まれたのか。どのような時間の流れを経てそこに辿り着いたのか。前提条件という器があってこそ、流動的で捉えがたい事実は意味を持ち、他者に伝わる真実へと姿を変える。

目の前にある断片的な答えに飛びつくのではなく、その背景にある膨大な時間の重みや環境の広がりをていねいにすくい上げること。見えない回転を、前提条件という言葉の糸で慎重に解きほぐしていくこと。それこそが、自分自身の身体や日々の営みと誠実に向き合い、他者とわかり合うための唯一の道なのだと、今の私は感じている。

#紀州鉄道と居場所を大切にするポッさん

いいなと思ったら応援しよう!

紀州鉄道と居場所を大切にするポッさん オススメをお願いします。