失敗から得たものは、「継続こそ力なり」
身内や家族のことは精一杯大切にしてきたつもりでした。けれど、振り返ってみると、わたしは「他人」という存在を本当の意味で大切にしてこなかったのかもしれません。
現役で働いていた頃、わたしの主な役割は「誰かの代わり」を務めることや、前任者からの引き継ぎをこなすことでした。その仕事の性質上、前の担当者が退社するに至った不平や不満、職場に渦巻くネガティブな感情までもが、すべてわたしの元へと流れ込んできました。
当時のわたしは、その不平不満を真っ正面から受け止めるのではなく、ただ静かに受け流すことで、その場の波風を立てないように努めていました。そうすることで、表面上は穏やかに、波立ちかけた場を収めることができたからです。
けれど、流したつもりになっていた感情は、消えてなくなったわけではありませんでした。心の奥底に少しずつ溜まっていた燃え滓は、長い時間をかけて静かに積み重なり、ある日ついに大きな火を吹くことになったのです。
わたしは仕事を着々と引き継ぎ、残された務めを終わらせ、自らの手で「自分の居場所」を変える決断をしました。それが当時のわたしにできる、唯一の選択だったのだと思います。
しかし、その本当の意味や自分の生き方の偏りに気づいたのは、仕事を退き、年金生活を迎えてからのことでした。当時は日々の生活や目の前の役割を果たすことに精一杯で、他人を思いやり、真心を向けるだけの心の余裕が、わたしには少しも残っていなかったのだと痛感しています。
人は、自分自身の心に余白がなければ、誰かを心から大切にすることなどできません。他人に優しくあるためには、まず自分自身の不満や痛みに目を向け、それを正しく癒やしてあげる必要があったのだと、今になって深く実感しています。
心がカサカサに乾き、余裕をすっかり失っていたからこそ、当時のわたしは異常な状態のなかへと自分を置き続けてしまいました。前任者の不満や職場の歪みをただ独りで引き受け、ひたすら耐え忍ぶ。そんな無理や無茶を重ねる対応など、決して長く続けられるはずもないのだと、どうしてあの時のわたしは気づけなかったのでしょうか。
静かに流したつもりでいた他人の感情も、自分のなかに押し殺した小さな悲鳴も、知らず知らずのうちに心の底へ溜まっていたのです。自分を置き去りにしたまま誰かのために耐えることは、優しさなどではなく、ただの自己犠牲に過ぎませんでした。自分を愛し、自分の痛みを丁寧に撫でてあげる手持ちの余裕があって初めて、人は誰かの存在を温かく受け入れることができるのだと思います。
長かった現役時代を終え、流れる時間が少しずつ穏やかになったいま、わたしは自分の心の声にじっくりと耳を傾ける術を学び直しています。自分を偽らず、無理な我慢を重ねず、まずは自分という人間を大切に扱うこと。その満たされた心の余白から溢れ出た分だけを、そっと誰かに分けてゆけばいい。そんな当たり前のような人生の理(ことわり)に、この歳になってようやく辿り着いた気がしています。
「継続こそ力なり」という言葉は、単に「愚直に同じことをやり続ける根気強さ」だけを指すのではないのだと、いまなら分かります。本当に大切なのは、継続できないような一時的な勢いや突貫工事の力は、人生の本質において「真の力」とは呼べないということなのでしょう。
一時凌ぎの対応でその場の問題を誤魔化し、自分や周囲に無理を強いて乗り切ろうとしても、それは破綻を先送りにしているに過ぎません。歪みを抱えたまま走り続ければ、いつか摩擦熱で心や体が焼き切れてしまいます。その場を収めるためだけに力を振り絞るのではなく、無理なく、自然体で、明日も明後日も穏やかに続けていけるような「環境」を整えること。それこそが、人が生きるうえで備えるべき、ほんとうの強さなのだと思います。
若い頃のわたしは、どこか「耐え忍ぶこと」そのものを力だと錯覚していたのかもしれません。自分が我慢し、自分さえ削れば丸く収まるのだと信じ込んでいました。けれど、自分をすり減らして差し出す優しさや仕事は、長続きするはずがありませんでした。自分の心が擦り切れてしまえば、結局は守りたかったものすら守れなくなってしまうのです。
何かを長く続けていくためには、自分を追い詰める情熱ではなく、静かに呼吸ができるような「余白」が必要です。自分の弱さを受け入れ、無理なものは無理だと手放し、心地よく歩み続けられる風通しの良い居場所を整えること。
現役を退き、日々の穏やかな流れのなかに身を置くようになって、ようやくその道理が胸に落ちました。自分を大切にしながら、長く歩んでいける環境を自分の手で作り出すこと。それこそが、人生の後半生を歩むわたしが手に入れた、もっとも優しく、しなやかな「本当の力」なのだと感じています。
それが、紀州鉄道と居場所を大切にする、今の生き方です。
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