【海のデジタルツイン】第3回:宇宙から藻場を診る——ブルーカーボンとデータプラットフォームの今
前回は、海のデータがどこから来るかについて書きました。衛星、センサー、環境DNA、市民科学——多様な観測手段が揃いつつある中で、今回はその中でも「藻場」に焦点を当てます。なぜ藻場なのか。それは、藻場が気候変動対策とビジネスとデータプラットフォームの交差点にあるからです。
「海の森」が注目される理由
アマモやコンブ、ワカメなどの海草・海藻が広がる藻場は、しばしば「海の森」と呼ばれます。魚や貝の産卵・成育の場であり、水質を浄化し、波を和らげる機能も持ちます。そしてもうひとつ、近年急速に注目を集めている役割が「ブルーカーボン」です。
ブルーカーボンとは、海洋生態系が吸収・貯留する炭素のことです。森林が吸収する炭素(グリーンカーボン)と同様に、気候変動対策の文脈で国際的に評価されるようになっています。藻場・干潟・マングローブといった沿岸生態系は、面積あたりの炭素吸収速度が陸上の森林を上回る場合もあるとされており、日本でも港湾局を中心にブルーカーボン生態系の保全・再生が政策として動き始めています。

ところが、現状には大きな課題があります。藻場がどこにどれだけあるか、正確にわかっていないのです。
地図で「見える化」するBDAS
2026年6月、国土交通省港湾局と港湾空港技術研究所が、藻場の分布と面積をWebGISで公開できるシステム「BDAS(Blue carbon Data Archive System:ビーダス)」の一般公開を開始しました。
BDASは、二種類のデータを組み合わせて藻場分布を算定します。ひとつは、グリーンレーザー搭載ドローンによる計測データです。緑色のレーザー光は水中を透過する性質があり、上空から陸地と水中の地形を同時に三次元計測できます。もうひとつは、水深・底質・水温・透明度といった環境データによる数値モデルです。これらを組み合わせることで、広域の藻場分布を地図上に落とし込むことができます。
現時点では数値モデルによる算定結果が一般公開されており、グリーンレーザードローンの計測データを取り込む機能は2025年8月上旬に追加される予定です。将来的には衛星画像や音響測深機器など、さらに多様なデータ取得手段にも対応していく計画です。
データがクレジットになる仕組み
藻場の「見える化」が重要なのは、それがブルーカーボンクレジットの根拠になるからです。
ブルーカーボンクレジットとは、藻場や干潟の保全・再生によって吸収・貯留された炭素量を定量化し、排出削減の実績として売買できる仕組みです。日本では、Japan Blue Economy(JBE)が2019年からブルークレジットの認証・流通に取り組んでおり、すでに全国87か所以上でクレジット化の実績があります。
実際にどう使われているか。たとえば横浜では、アマモ場の再生活動によって魚が増え、生物多様性の向上が記録されています。積丹ではウニを増やすために昆布場を整備し、ウニの殻は肥料として活用する循環型の仕組みが生まれています。こうした活動は地域の経済効果を生むと同時に、炭素吸収源としての価値も持ちます。
クレジットを購入する側の動機は、規制対応だけではありません。JBEが行った調査では、「地元の活動を応援したい」「地域との関わりを持ちたい」という動機も大きな割合を占めており、ブルーカーボンは純粋な金融商品というより、地域と企業をつなぐ共感の仕組みとして機能しています。
民間企業が動き始めた
こうした流れの中で、民間企業も海洋保全に踏み込み始めています。東急不動産は千葉・勝浦での海洋保全活動に取り組んでおり、自然を「自然資本」として捉え直し、地域の文化や生態系とのつながりを事業価値の源泉と位置づけています。大林組は「お魚牧場構想」として藻場の増加と水産資源の回復を組み合わせた沿岸再生モデルを研究しており、愛知・篠島では若い漁師がチャレンジできる漁業の再生を目指した取り組みが始まっています。
共通しているのは、「環境活動」を本業の外側に置くのではなく、事業そのものとして統合しようとする姿勢です。そのためにこそ、藻場の分布を地図で確認できるBDASのようなデータ基盤が意味を持ちます。
データで「点」を「面」にする
ブルーカーボンと生物多様性の取り組みは各地で増えていますが、環境省が指摘するように、現状は「点」の活動にとどまっています。CSR活動やクレジット取得が個別の事例として積み上がっても、海全体の状態を評価できるデータの「面」にはなっていません。
BDASが目指しているのは、まさにその「面」をつくることです。各地の観測データが一つのプラットフォームに集まり、比較・評価できる状態になって初めて、政策立案や民間投資の判断材料になります。
データが「点」から「面」へ。次回は、そのためにデータをどう空間的に整理するか——Coastal Frameworkという考え方を紹介します。
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