絵を描いた幼少期の思い出
小津航です。
油絵を描いています。
絵を描いていると、アウトプットの方向を変えたくなります。
ものくさ人間(画家)の書き残す程ではないが、いつか見返したときに面白くなればと駄文を書きます。
僕は愛知県の美術高校に入学して、そのまま東京の美術大学に進みました。
幼少期は特別に絵を描くのが好きということもなく、どちらかといえば晴れていれば屋外で蝶を捕まえるのが好きだったと思います。
ただ、2つ上の兄は絵を描くのが上手く、それを真似るように絵を描いていたと思います。
祖母と母が美術が好きで美術館などに連れて行ってくれて、薄暗い空間でスポットライトで照らされる絵画をよく分からないながらに見上げていました。
父方の祖父は古美術が好きで祖父母の家に行ったときはコレクションの置いてある、これまた薄暗い部屋で少し怖い能面などをコッソリと覗くのが好きでした。
僕の最初の絵の記憶は、父の転勤で名古屋に移るまで住んでいた東京で絵画教室に兄と一緒に通っていたときの4〜5歳ころの記憶です
細長い洋間で少し年上の子供たち十人ほどとごちゃっと座って、机の上に置かれた花瓶を水彩絵の具で描いていました。
薄暗い室内には壁側に積まれた画集と先生の絵が立てかけられてて、小さい体ながらに狭いなぁと思っていました。
とりあえず、目に入った緑や青などの絵具をパレットに捻り出して、そこに先生から貰った金・銀などの色を混ぜて下描きの線など無視して塗り広げていました。
そこの絵画教室では、描いた絵の裏に先生がコメントを残してくれていたのですが当時は僕はまだ文字を読むことができず帰ってから母に読んでもらっていました。子供の描いた絵なので拙いものですが、先生は「色使いが素敵」などとりあえず褒めてくれて、漠然とした肯定感だけが残っていました。
僕自身は花が描かれた画用紙の中身よりも、バケツに綺麗な緑色の色水を夢中で作って、片付けの際に排水溝へ流して綺麗だなぁと見ていたことが思い出に強く残っています。
何かを習った記憶も残ってないし、特別に絵を好きになったこともなかったですが、そこの絵画教室では先生がクッキーを焼いてくれたので、楽しい思い出だけが残っています。
スケッチブックが4、5冊埋まる頃、家族で愛知の方に移ることになりました。
この頃は、絵はあくまでも習い事の1つでした。
他にも水泳やピアノに通わせて貰いましたが、水泳は兄との進級スピードに着いて行けず悲しくなったり、ピアノは全く上手くできずで悲しくなったりでイマイチいい思い出が無いです。
しかし、絵に関しては上手い下手ではなく【ただ褒める】という先生の指導のおかげで、他者の出来や自分の上達レベルを比べるといった考えがなく、あくまで遊びの延長として楽しかったのが幸いだと思います。
次回は小学校卒業ぐらいまで
