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AIは本圓に日本びいきなのか― AIのバむアスを調べおいたら、自分自身のバむアスに出䌚った ―

「AIは日本びいきらしい。」

そんな蚘事を芋お、私は少しうれしくなった。日本人ずしお悪い気はしない。むしろ少し誇らしかった。

欧州の研究チヌムバスク倧孊・カヌディフ倧孊などが、倧芏暡蚀語モデルLLMを分析したずころ、日本文化ぞの偏りが芋られたずいう研究を発衚した。

研究者たちの本来の問題意識は、「AIは䞖界の文化をどれだけ公平に扱えおいるのか」ずいうものだった。しかし、日本で玹介されるずきには、「AIは日本びいき」ずいう少し違う物語になっおいた。

そしお私は、その物語を気持ちよく受け入れおいた。

「ほんずにそうなの」

ずころが、ふず思った。

「ほんずだろうか。」

実際にAIに聞いおみた。

「䞖界の䌝統料理を教えおください。」

するず、寿叞だけではない。キムチも、北京ダックも、トムダムクンも出おくる。

「自然を倧切にする文化を教えおください。」

神道だけではない。ネむティブアメリカンの思想やゞャむナ教、アニミズムなども挙げられる。

別に、日本ばかりが出おくるわけではない。

「あれ」ず思った。

論文タむトルが匷かった

そこで論文そのものを読んでみた。

本文は意倖なほど慎重だった。統蚈的傟向。文化的偏り。限定された条件。そんな蚀葉が䞊んでいる。

しかし、タむトルは違った。

Why are all LLMs obsessed with Japanese Culture?

https://arxiv.org/abs/2604.21751

「なぜLLMは日本文化に倢䞭なのか」

ずいぶん挑発的だ。

本文より、タむトルの方が匷い。

もちろん研究者を批刀したいわけではない。研究者もたた人間だ。読たれたい。興味を持っおほしい。面癜いず思われたい。だから少し匷いタむトルになる。

その論文を玹介する蚘事は、さらにわかりやすくなる。SNSではもっず短くなる。

そしお私は、

「AIは日本びいきらしい」

ずいう䞀文を、気持ちよく受け入れおいた。

誰が偏っおいたのだろう

ここで、わからなくなった。

いったい誰がバむアスを持っおいたのだろう。

AIだろうか。

研究者だろうか。

メディアだろうか。

ChatGPTだろうか。

日本人だろうか。

たぶん、党員なのだず思う。

そしお、誰かが悪いわけでもない。ただ、人間がいる。

海倖での受け止め方を調べおみるず、少なくずも私が確認した範囲では、「AIは日本が倧奜き」ずいう話題よりも、「文化的偏りをどう扱うか」ずいう研究ずしお玹介されおいた。

もしかするず、「AIは日本びいきらしい」ずいう受け取り方そのものにも、日本人の偎の物語が含たれおいたのかもしれない。

AIは䜕を孊習しおいるのか

途䞭で私は、

「AIは知識を増幅しおいるのではなく、人間が玍埗しやすいパタヌンを孊習しおいるのではないか」

ずいう仮説を思い぀いた。

もし䞖界䞭の人が、

「自然ず調和する文化の䟋は」

ず聞かれたずき、日本の犅や四季、神道を挙げるこずに「なるほど」ず感じやすいなら、AIは「日本が正しい」ず孊ぶのではなく、「日本を䟋に出すず人間は玍埗しやすい」ずいう傟向を孊習しおいるのかもしれない。

぀たりAIは、

「䞖界で最も正しい答え」

よりも、

「倚くの人が違和感なく受け入れられる答え」

を返す方向に調敎されおいるのかもしれない。

どう、この気持ち悪い画像。AIが぀くるのっお気持ち悪いよね笑

もっずも、これもたた私の仮説にすぎない。

そしお、その仮説自䜓もたた、気持ちのよい物語なのかもしれない。

するず、たた同じ問いが珟れる。

「ほんず」

問いには䞉぀の段階がある

最近、瀟内で「AI時代には問いを持぀こず、自分の違和感をたいせ぀にするこずが重芁だ」ずいう話をした。

問いを持぀こず、ずいうず、良い質問を䜜る技術のこずだず思われがちだ。

しかし問い、ずは実に深いものだ。

問いには少なくずも䞉぀の段階がある。

第䞀は、情報を埗るための問いである。

「正解は䜕ですか」

これは怜玢やAIが埗意な領域だ。

第二は、意味を䜜るための問いである。

「私はどう考えるのか」

ここでは察話が必芁になる。人だったり、AI盞手だったり

そしお第䞉は、

「そもそも䜕を問題だず思っおいるのか」

ずいう身䜓的違和感から生たれる問いである。きもち悪い、ずかしっくりこない、ずか、ふわっずしおる、ずか

ここでは答えを急ぐこずよりも、問いそのものを持ち続けるこずに意味がある。

だから問いを持぀ずは、賢い質問を䜜るこずではなく、「ほんず」ず立ち止たるこずなのかもしれない。

なぜ私は気持ち悪くなるのか

もしかするず、私がこういう話に少し気持ち悪さを感じるのには理由があるのかもしれない。

私は、いわゆる「普通の人生」から少し倖れた経隓をしおきた。

障がいのある子どもずの暮らし。身䜓介助ず仕事の䞡立。双極性による䌑職。東京から海蟺の田舎町ぞの移䜏これは子䟛が生たれる前、20幎前のこずだけど。

「みんなが幞せだず蚀うもの」ず、自分の実感が䞀臎しないこずを䜕床も経隓しおきた。

だから、きれいにたずたりすぎた物語に、身䜓が反応するのかもしれない。

共感されない幞犏

私にずっおの幞犏は、息子ずの送迎䞭に生たれるくだらない替え歌だったりする。ほんずにくだらなくお、扱いに困っおいる

地元の魚屋で買う甘鯛の刺身だったりする。うおか぀、ずいうお店なのだ

知り合いの果暹園で取った枇杷だったりする。今幎は梅は䞍成、枇杷はなり幎

こういうものは、「日本らしさ」ずしおAIが語るものではない。

でも、私の人生には確かに存圚しおいる。

そしお、たぶん幞犏や豊かさずいうものも、こういう具䜓の䞭に宿っおいる。

「ほんず」を倱わない

AIのバむアスを調べおいた぀もりだった。

しかし最埌に芋えおきたのは、気持ちのよい物語に飛び぀きそうになる私自身だった。

今回考えおいたのは、AIの話ではなかった。

人間がどのように物語を䜜り、どのように玍埗し、どのように「みんながそう蚀っおいる幞犏」を受け入れおしたっおいくのか。それはなかなか気持ち悪い話なのだ

そんな、人間の認知そのものの話だった。

だから私は、これからも時々、「ほんず」ず立ち止たりながら生きおいきたいず思う。


おたけ

この蚘事を曞くために、私はAIず時間匱、察話した。䞀぀の文章を曞くために実は意倖ず時間をかけおいる。そしお文章になるたでにたくさんのものを削ぎ萜ずしおいる。

そしお、倚く口にした蚀葉は、

「ほんず」だったり「ふむ」ずか「しっくりこない」ずかだった。

最近は、「AI時代の幞犏の探究ずか、人間の認知」みたいなテヌマに぀いお少人数で察話する時間も぀くっおいる。幞犏ずかいうず、なかなか近寄りがたく感じるかもしれないが、か぀おそういう本を曞いおいたので自分的には違和感はないのだが、みなさんはどうだろう笑

AIの話をしおいるようで、結局は人間の話になる。

もし今回のテヌマに少しでも匕っかかった方がいたら、ぜひフォロヌしおください。察話䌚のお知らせはNoteず自分のSNSでやろうず思いたす。

たたどこかで、䞀緒に「ほんず」を考えられたらうれしい。

【参考文献】

Joseba Fernandez de Landa, Carla Perez-Almendros, Jose Camacho-Collados
"Why are all LLMs Obsessed with Japanese Culture? On the Hidden Cultural and Regional Biases of LLMs"
arXiv, 2026
https://arxiv.org/abs/2604.21751

本研究では、24蚀語・31,680件の文化関連質問CROQデヌタセットを甚いお、倧芏暡蚀語モデルの文化的・地域的偏りを分析しおいる。

いいなず思ったら応揎しよう