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会話が遅い人には、文章という居場所がある

会話の直後に、「あぁ……またやってしまった」と落ち込む日が、年に365日くらいあります。会話のスピードに、思考が追いつかないのです。

考えているうちに、次を聞き逃したり、会話のテンポがズレたり。黙れば相手を驚かせてしまうし、焦って口を開くと、言いたかったこととはまったく別のことばが出てしまったりするから、会話にはずっと苦手意識がありました。

コミュニケーションの正しさは、ニンゲンたちが心地よく生きていくために、種族みんなで積み重ねてきたものです。つまり、とても大切。でも、その正しさの中で、自分の思考がまるごと無価値であるように感じる瞬間が、あまりにも多いのです(同じ人、めちゃくちゃいる気がする)。

ところで、ミヒャエル・エンデの『モモ』って読んだことありますか。時間どろぼうと、奪われた時間を取り戻す女の子のおはなし。


当時小学生だったわたしは、モモに気持ちを寄せて読み進めていました。なにしろタイトルが『モモ』なのだから、これはモモの物語なんでしょう、と。

そうやって油断していたところで、やられました。モモの友人、ベッポ。このおじいさんが、とんでもないのです。

道路掃除夫ベッポは頭がすこしおかしいんじゃないかと考えている人がおおぜいいるのですが、それというのは、彼はなにかきれでも、ただニコニコと笑うばかりで返事をしないからなのです。

彼は質問をじっくりと考えるのです。そしてこたえるまでもないと思うと、だまっています。でもこたえが必要なときには、どんなときでも一日考えてから、やおら返事をします。でもそのときにはもちろんあいては、じぶんがなにをきいたかすっかり忘れてしまっていますから、ベッポのことを首をかしげて、おかしなやつだと思ってしまうのです。

ミヒャエル・エンデ『モモ』P47より


ファンタジーの世界観にひたり、適度に保たれたパーソナルスペースに安心しながらぬくぬくと読書を楽しんでいたはずなのなのに、突然わしづかみにされ、強制的に鏡の前ではだかにされるような恥ずかしさと衝撃。

キャラクターとしての誇張はあるにしろ、描かれているおじいさんと自分があまりにもぴったりと重なって、動揺しました。

「おかしなやつ」まではいかなくても、少しでも緊張すると会話のテンポが合わない。ボケが拾えない。理解が追いつかない。小学生ながらに、相手からつまんない、思考の浅い子と思われている自覚がありました。ずっと、ずっと、今もです。

自分の地頭がイマイチだからだろう。共感力に乏しいからだろう。そうやって勝手に落ち込んでいたのに、ベッポを描く筆のやさしいこと。コミュニケーションのルールから外れてしまう理由を、能力の問題ではなく、誠実さとして表現している。心が濡れて目の前の文字が霞んだ読書体験は、これがはじめてだったかもしれません。


ベッポは、おじいさんという属性に目をつぶったとしても、とにかくゆっくりなわけです。会話も、仕事も、とにかく一歩ずつていねいにやる。

もし、ベッポが現代のビジネスの現場に連れてこられたら……
反応は遅く、話はかみ合わない。要点をつかむのにも時間がかかって、「時間どころか給料どろぼうなんですけど〜」と後ろ指をさされ、肩身の狭い思いをしているはずです。

でも、ベッポには、いくらでも待ってくれる友人モモがいる。ベッポの時間軸を肯定してくれる世界がある。じゃあ、わたしにとって、その友人は誰だろう?

と考えてみると、それは間違いなく、文章なわけです。

文章は待ってくれる。いくらでもゆっくり、じっくり、考えることができる。考えるだけ考えて答えを出さなくてもいいし、考えが形になるまで、何日かかってもいい。瞬発力がものを言う場所ではこぼれ落ちてしまうさまざまなものを、自分の時間軸で見つめることができる。

人はそれぞれみんな、自分だけの時間軸を持っているんだと思うのです。わたしの場合は現実世界が早いと感じてしまうけれど、逆に遅すぎて不満を感じている人もいる。それぞれに、自分に合ったスピードで、思考をフル回転させられる場所が、きっとある。

もし、現実の時間軸に違和感があったり、考えが追いつかないなぁと悩んでいるならば、やっぱり文章を書いてみたらいいのだろうと思います。

もう、全員書いたらいいよ。
最近はほんとうによくそう考えていて、うまいとか下手とか、もうそんなことはどうでもいいから、とにかく書いたらいい。幸福度が上がるから。

自分の時間軸で思考して、自分なりの世間に対する感性や理解を大切にできる場所があるって、幸せなことです。そういう場所を持つためにも、人は文章を書いていたらいいよなぁと思う今日この頃なのでした。




過去記事でも、会話、ずっと苦手苦手言ってるなぁ。

書くことへの解像度は、このときよりはるかに上がっている気がする。

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