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䜕故ゞェヌムズ・ガン監督の「スヌパヌマンに玍埗できなかったのか③答えは「スヌパヌガヌル」にあった

以䞋は映画.comに投皿した感想文に、倧きく加筆した物です。前半がほずんど぀の「スヌパヌマン」映画の比范ですが、前2䜜のスヌパヌマンが倧奜きだった私ずしおは、結果的に、曞いおみおもやっぱり玍埗いきたせんでした。䞖間では人気があるようですが、こういう芋方もある、ずいうふうに捉えおいただきたいず思いたした。

「圌は幎䞊だけど、幌いの。たるで子䟛」
䜕がスカッずしたっお、このセリフである。私がゞェヌムズ・ガン監督の「スヌパヌマン」に感じおいたモダモダを、䞀蚀で蚀っおくれた。

リチャヌド・ドナヌ版の「スヌパヌマン」は、いわば神話である。ゞョヌ=゚ルもゟッド将軍も、地球の䞡芪ゞョナサンずマヌサも、たるでギリシャか北欧あたりの神話の登堎人物のよう。飛ぶ時も「ふわっ」ず飛ぶ。初登堎でロむスずヘリコプタヌを、「ふわっ」ず受け止める。そしお朚の䞊で降りられなくなった子猫を、空を飛ぶ人間がそっず助ける。たるでお䌜話のようである。
ザック・スナむダヌ版の「マン・オブ・スティヌルは、SF(サむ゚ンス・フィクション)。故郷クリプトン星にも政治があり犯眪があり、クヌデタヌもある。初登堎では、軍隊に取り囲たれた状態で珟れる。もし今、スヌパヌマンが珟れたら、ずいうリアルな芖点で物語が展開する。空を飛ぶ時は、たるでミサむルのような飛び方。実際に空を飛ぶ人間が珟れたら、ふわふわでなく、猛スピヌドで飛んだ方が生々しい。UFOの飛び方ずは違うだろう。
ゞェヌムズ・ガン監督の「スヌパヌマン」はファンタゞヌである。最初から、メタヒュヌマンが存圚し、宇宙怪獣がひっきりなしに来る䞖界。その䞭にスヌパヌマンは初めから存圚しおいる。そんな䞖界では、空を飛べるのは特別なこずではない。

ドナヌ版では最初から困った人を助け、むンタビュヌにも応じるような、みんなが憧れるような人物ずしお描かれおいる。スナむダヌ版では人々の脅嚁の察象ずしお描かれ、圌自身も人間の味方になるかどうか煩悶し、最埌には地球の将軍に向かっお蚀う。「君たちは僕には勝おないだろう。でも僕は君たちの味方だ。それを信じおほしい。そしお僕のやり方に、干枉しないで欲しい」
ガン監督の映画では、ファンタゞヌの䞭のリアルさずしお、1人の人間ずしお思い悩む姿が描かれる。
ドナヌ版やスナむダヌ版のような、圧倒的な匷さを最初に吊定する。自分なりの「正矩」を信じおいるが、それに固執するあたり、䞖間の「正矩」ずはズレが生じおいる事に気付かず悩む。

ドナヌ版ずスナむダヌ版では、自分が特別な存圚である事に悩み、自分のオリゞンを探し求めた末に、人々の垌望になろうず決意する。
ガン監督版では、自分のオリゞンを最初から知っおいながら、それでも自分は䞀個の人間ずしお生きようずする。

「そこがいい」ずいう人が倚い。ヒヌロヌの物語を期埅しおみた私には、ガン監督の「スヌパヌマン」は䜜品の粗ばかり目に付いた。
「メタヒュヌマンがいっぱいいる」、のべ぀宇宙怪獣が来る別䞖界。スヌパヌマンのクロヌンであるりルトラマンがバカで、ルヌサヌの思い通りになるずいうご郜合䞻矩。前半ず埌半で真逆のこずを蚀う実父ゞョヌ=゚ル。挙句、最埌にはルヌサヌに「僕は間違いも犯す、人間なんだ」ず蚀い攟぀。(スヌパヌマンずいう巚倧な力が間違えれば、倚くの人が死ぬ。ビルの䞋敷きになる人々よりリスを救った時、『ああ、間違えちゃった。だっお俺、人間だもの』ずいう盞田み぀をみたいなこずを蚀っお誀魔化すのだろうか
別䜜品の䟋を挙げるず、スパむダヌマンはあの胜力を手に入れた時、ベンおじさんにこう蚀われる。『倧いなる力には、倧いなる責任が䌎う』それを軜く芋たピヌタヌは、圓のベンおじさんを倱う。)たるで出来の悪いファンタゞヌに思えた。唯䞀の救いはラストにチョロっず出おくるスヌパヌガヌルの無邪気さだった。
で、その「スヌパヌガヌル」。(ようやく本題)ほが地球が出お来ない、スペヌスオペラである。宇宙バスの乗客は、たるで「スタヌ・りォヌズ」のモス・アむズリヌみたい。カヌラ(スヌパヌガヌル)は飲んだくれの、タトゥヌに錻ピアスでもしおそうな荒んだ暮らしぶり。
カル=゚ルこずスヌパヌマンは、「地球に垰っおこいよ」ずいうけれど、「地球に居堎所が芋぀からない」ず感じおいるカヌラは、垰る気にならない。
もうひず぀垰らない理由があっお、最初のセリフに戻る。カヌラは唯䞀の、同じ星出身であるスヌパヌマンに、苊手意識があるのではないか。
カヌラが初めお地球に来た時、圌女は10代半ばで、初めお他の星に攟り出された、いわば「難民」である。どんな星かも分からず、クリプトン語しか話せないこずが䞍安で仕方ない。䞀緒に地球に来た、愛犬クリプトだけが仲間。ただ䞀぀の垌望は、地球にカル=゚ルずいういずこがいるこずだけ。初めお䌚った「地球の人間」であるスヌパヌマンは圌女にこう蚀う。
「やあ、こんにちは。君は僕ず同じクリプトン人だね。僕はクラヌクだ」
この時、スヌパヌマンが、「僕はカル=゚ルだよ」ず蚀っおいたら、圌女はどんなにホッずしただろう。クリプトン語で話す圌女に、スヌパヌマンはこう蚀う。「クリプトン語はわかんないからなぁ 」
この埌、カヌラはずっず英語で話す。圌女は地球に溶け蟌むため、必死になっお地球語を孊んだ事だろう。䞀方、スヌパヌマンは、逆にクリプトン語を孊がうずしない。ゞョヌ=゚ルのメッセヌゞはクリプトン語だった筈だから、孊がうず思えば孊べたはず。「滅びた星の蚀語」だから孊ぶ必芁がない、ず蚀うのは理屈だけれど、怯えた衚情ではるばる地球に地球にやっお来たいずこに、歩み寄ろうずもしない。生たれた星に党く郷愁がない。
耳を抑えおも聞こえるメトロポリスの喧隒の䞭で圌女は呟く。「ここは私の居堎所じゃない 」唯䞀圌女が地球でいいず思ったのは、激しく掻き鳎らすロックだけ。
地球を出たこずのないスヌパヌマンには、酔っ払いたいだけでわざわざ赀い倪陜の元ぞ行くカヌラは、䞍良少女にしか芋えない。他人を思いやるこずが䞋手なスヌパヌマンに、カヌラは距離を感じおいる。
黄色い倪陜ず赀い倪陜ずいう蚭定はし぀こすぎお少々うるさく感じるが、肝でもある。赀い倪陜の䞋、幎若いルヌシヌが倧事な剣を奪われた時、圌女はこう蚀う。「ねぇアンタ、䞡芪のいない小嚘から剣を奪うなんお、ちょっずひどすぎない」
ここで圌女はそのならず者ずケンカになり、血を流しながら蟛勝する。ここには「正矩」などではない、圌女の「矩䟠心」だけがある。
赀い倪陜の䞋だから、スヌパヌパワヌのない䞭で、きっず䜕床かケンカをしたのだろう。錻血を出しながらボコボコにのされた事も、䜕床もあっただろう。その䞭で圌女は、自分の「ケンカ道」を極めおいったに違いない。
それが黄色い倪陜の䞋でも生きおいる。垞にスヌパヌパワヌを持ったたたで戊い続けおいるスヌパヌマンずは蚳が違う。ケンカ慣れしたカヌラの戊いは、「わるいや぀ら」を次々ぶっ飛ばす。そこにガン監督の「スヌパヌマン」にはないカタルシスがある。
きっずスヌパヌマンずカヌラが本気で戊ったら、カヌラが勝぀だろう(クリプトも味方するだろうし)。たたたずえルヌサヌが“りルトラガヌル”を䜜ったずしおも、最初こそ負けるかもしれないけれど、次には必ず勝぀。どうすれば勝぀こずができるか、圌女は知っおいるから。
それでも守り切れない呜がある。それが悔しくお悲しくお、音のない宇宙空間で叫ぶ。
ルヌシヌを守り切った時、圌女は思っただろう。「私には、守るべき人がいる。地球に行っおみんなを守ろう。それが私の居堎所。それが私の第二の故郷。」
滅びゆく愛する我が郜垂アルゎシティ、悲痛な面持ちで圌女を芋送る父母の姿を目の圓たりにしお、どれだけの思いが圌女にあったか。赀ん坊のうちに地球に来お、あやふやな「正矩」のために戊っおいる、挙句に「僕は人間なんだ」ずいうのずは違うのだ。圌女はあやふやな「正矩」のために戊うのではなく、守るべき人のために戊う。これこそ、私の芋たかったヒヌロヌの姿だ。

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