【弘前城】400トンのお城を、人の手で引く。弘前城で111年ぶりに起きていること
弘前城の天守は、ここ10年ほど、本来の場所にいませんでした。
石垣を直すために、建物ごと引っ張って移動させていたからです。高さ14.4メートル、重さ約400トン。それを、解体せずに動かして、また元に戻す。
2026年、その「戻す」作業が、いままさに進んでいます。
なぜ、お城を動かすことになったのか
きっかけは石垣の傷みでした。

弘前城本丸の東側の石垣に、外側へ膨らむ「はらみ」が確認されていました。このまま大きな地震が起きれば崩落の危険がある。そう判断されて、石垣を一度ばらして積み直す修理が決まります。
問題は、修理する区間のちょうど真上に天守が建っていたことでした。石垣を解体するには、上に載っている400トンをどけるしかない。
そこで2015年、天守は本丸の内側へ約70メートル移動しました。以来10年あまり、弘前城の天守は仮の天守台の上で、岩木山を背にして立っていたことになります。堀端の定番アングルから天守が消えたのは、このためです。

建物を壊さずに動かす「曳家」という技術
このとき使われたのが、曳家(ひきや)と呼ばれる工法です。

建物を解体せず、そのままの形で移動させる工事のこと。まず建物を基礎から切り離し、ジャッキで少しずつ持ち上げます。持ち上がったら下にレールと台車を差し込み、水平に引いていく。原理そのものは単純です。
ただし、相手は江戸時代から建っている木造の重要文化財です。傾けば柱や壁に負担がかかり、傷みます。だから作業は、ミリ単位で全体の水平を保ちながら進みます。2026年6月に行われた持ち上げの工程では、10日ほどかけて合計76センチだけ上昇しました。1日あたり7センチ強という速度です。
急がないことが、そのまま技術になっている。曳家の面白さは、そこにあります。

じつは、111年前にも同じことをしていた
弘前城の天守が動くのは、これが初めてではありません。
大正4年(1915年)にも、同じように元の位置へ戻す作業が行われています。つまり今回の曳戻しは、111年ぶりの再演ということになります。
石垣は、雪国の寒暖差と水の影響を受けて、100年ほどの周期で手を入れる必要が出てくる。そう考えると、明治や大正の人たちも同じ問題に向き合い、同じように城を動かして直していたわけです。天守が現存12天守として今日まで残っているのは、その繰り返しの結果でもあります。

綱を引いたのは、市の人たちでした
2026年8月、天守を綱で引く体験イベントが弘前公園で行われました。
もちろん人力だけで400トンが動くわけではありません。それでも、自分たちの城を自分たちの手で戻すという場面に、多くの人が参加しました。城が地域のものであることが、いちばん分かりやすい形で表れた数日だったと思います。
天守は年内に、約78メートルを移動して元の天守台に戻る計画です。
見られるのは、いまだけかもしれません
ここからが、旅の計画に関わる話です。

天守の内部は、2025年11月を最後に入れなくなりました。曳戻しのあとには、屋根や壁の保存修理と耐震の工事が控えているためで、中に入れるようになるのは2033年度の予定とされています。
さらに、外観についても期限があります。曳戻しが終わってからしばらくは元の姿を見られますが、保存修理に入ると天守はすっぽりと素屋根(覆い)で囲まれ、外からも姿が見えなくなります。その状態が数年続きます。
石垣の上に戻った天守を、覆いのない状態で眺められる期間は、意外と短い。そう考えると、いま弘前に行く理由は十分にあります。
弘前城へのアクセス方法
弘前公園は、JR弘前駅からバスで10分ほど。市役所前で降りると追手門がすぐです。
天守の外観は無料で見られますが、本丸・北の郭の有料区域に入るには入園料がかかります(大人320円/2026年時点)。工事の進み具合によって見学できる範囲は変わるので、出発前に弘前市の公式ページで最新の状況を確認しておくと確実です。
交通手段の組み立てや、弘前公園まわりの宿選びはこちらで詳しくまとめています。
弘前城・弘前公園へのアクセス完全ガイド|循環バス・入園料・駐車場
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城は、動かないものだと思っていました。でも弘前城は、100年に一度くらいの周期で、静かに動いている。次にこの光景が見られるのは、たぶん私たちの代ではありません。
