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ネズミさん死んじゃった、と母は言った



その日は近所のショッピングモールのイベントコーナーで開かれる動物ふれあい広場に来ていた。

鳥やハムスターなど、小動物を手に乗せ、子供達が微笑む姿を写真に収める。

娘が指さして「パパ見て、ねずみがいる!」と言う。見るとそこにはカゴに収まるファンシーラット、ペット化されたドブネズミがいた。カゴには『指を入れないでください』と注意書きがある。

瞬間、「ねずみさん死んじゃった」という母の悲しそうな声と顔がフラッシュバックする。体を硬直させ、目をギュッと瞑る。

幼少時代、私はボロボロの長屋に住んでいた。 隣に住むアル中のくしゃみで目覚める薄さの土壁に囲まれ、春先には反抗期の兄が殴ってあけた壁の穴からテントウムシが這い出てくる。 朝方の叫び声で飛び起きれば、裏の娘が己の母を刺して大騒ぎになる。 そんな場所だった。

母には奇妙で小さな楽しみがあった。その長屋にはネズミが出た、そのうちの一匹に、小さくて人目を恐れない奴がいた。そのネズミに餌をやり、かわいがっていた。

そんなある日、寝る時以外は家にいない父が、珍しく家にいた。そこに間が悪く例のネズミが出てきてしまったのだ。父は愛読書の『月刊ムー』をまるめると、えいやとネズミを叩き潰した。

父に何も言えない母は、私に向かって悲しそうに「ねずみさん死んじゃった」と呟いたのだった。

我々がドクダミとしょんべんの匂い漂う長屋に住む理由となったのは、祖父の借金が原因だった。 夢を見て始めた商店で失敗し、多額の借金を背負ったのだ。

父は祖父の為に夢であった料理人の道を諦め、高給だが死ぬほど辛い事で有名な配送業者に勤めた。 稼ぎの殆どを祖父に渡し、我々一家はボロボロの長屋で暮らした。

その日、私は母がテレビショッピングを見る様子を後ろから見ていた。宝石が付いた綺羅びやかな指輪、珍しく母はそれを夢中で見ていた。

棚から手帳を取り出すと、注文先の電話番号をメモする。しかし暫く手元を見つめ、そのうちに「ダメね。」そう言ってメモに横線を引く。言葉をかけることが出来ず、その様子をただ見ていた。


 借金を返し終わると、我が家は新居に越した。父念願の持ち家である。母も喜んだ、ようやく落ち着いた暮らしが始まる。キッチンにお気に入りの調理器具を並べ、広いリビングには革張りのソファーを置いた。

ある日、母は前日から機嫌良く洋服を選んでいた「おひねり少ないと機嫌が悪くなるらしいわよ」と電話口で楽しそうに本当かどうかわからない噂話をする、友達と五木ひろしのリサイタルに出かける予定があったのだ。

しかし私が折り悪く発熱した。「今日は行けそうにないの。ごめんなさい。」私は電話口の沈んだ母の声を、熱にうなされながら聞いていた。

落ち着いた暮らしが続くはずだった。

しかしその矢先父は夢を見た。勤め先の上司と折り合いが悪くなったこともあるが、自分の会社を持ちたくなったのだ。

その頃の父は、家に帰るとむっつりと一言も話さなかった。酒の飲めない父は眉間にシワを寄せながら、ココナッツサブレを一袋一人でむさぼり食い、そのまま横になって寝息を立てた。その様子を子供心に恐ろしく感じていた。

しかし、父の努力も叶わず、2代に渡り、男達が見た夢は叶わなかった。人が良すぎた父は、騙され盗られ失敗したのだ。

父の失敗は、確実に家族をすり減らしていった。家を出ていた長男は、父に度々金の無心をされた、その度に奥さんと揉めたようだ。 

次男は、同世代が謳歌する大学生活を途中で諦めた、夜のリビング、私はパソコンの前に座り込み、母と兄の会話を聞こえぬふりをして画面を見つめていた。

学費がもう払えない、学校を辞めて働いてほしい、母が目に涙を浮かべながら言う、低い声で「わかったよ」と兄が言う。母が部屋を出ると、誰かに聞かせるように「もう俺の人生めちゃくちゃだよ、クソったれ」と兄は言った。

本当にクソったれだ。私は返事をするでもなく、キーボードをカチャリと叩いた。  


その頃、私は引きこもっていた。学校に行けば身体をよじるような腹の痛みや、噛み合わないクラスメイトとのやり取り、父性不在のまま育った私には聞き慣れない男性教師の怒号、家に帰れば針の筵のように不穏な空気、それらに耐えかねて部屋に閉じこもった。

母は「私が悪いのか、私のせいなのか」と何度も尋ねた。


やがて祖父が痴呆になると、母は献身的に介護をした。三度の飯を作り、枕元で起き上がらせ、口まで運ぶ。昼も夜も関係なく「おーい」と叫び声で呼び寄せられ、血も繋がらぬ老人の糞が詰まったおむつを変え、尻を拭く。

身体だけは丈夫なまま痴呆になった祖父は癇癪を起こし、暴れ、外に飛び出した。一度家を勝手に抜け出した祖父を母と一緒に探しに出た事がある、その時母は「お母さん、もうこんな事ばかり嫌だ。」とさめざめ泣いた。

結局祖父は道路脇に座り込んでいた「車に轢かれて死のうとしたが、車が豆粒みたいに小さくて、こんな事では死ねない」と言う。隣で様子を見ていてくれたパチンコ屋の交通整備員さんに深々とお礼をし、家まで手を引いて連れ帰った。

そんなことが続くにも関わらず、「鬼嫁」と罵声を浴びせかけられ、物を投げつけられる。嫌がる父に長男が「このままだとかーちゃんもう倒れちまうぞ」と説得し、介護施設に入れてからも、母は足繁く面倒を見に通っていた。
祖父が亡くなる頃には、母はボロボロになっていた。

私が家を出て暫くの後、父の念願だった持ち家を手放す事になった。ついに資金繰りが立ち行かなくなった父は、我々兄弟に「親父このままだと死ぬぞ」と説得され、破産することにしたのだ。

年老いた父と共に、もはやゴミ屋敷となった実家から、家具や思い出の品々をゴミ諸共トラックに積み込み、市の環境センターへ運ぶ。

職員に案内されながら、ぽっかり空いた奈落の底へ、えいやと投げ込む。

奈落の底でガタンと音を立てて、ゴミがバラバラに散る。

母憧れの調理器具も、革張りのソファーも、他の思い出の品たちと、焼却場へ放り込まれた。

全て燃えてしまえ。ひとつ残らず灰になれば良い。そう思った。

時が経ち、父は社長時代の無理が祟り、2度の脳梗塞を経て、若かった頃のギラギラした輝きは消え失せた。広くて綺麗なキッチンも、革張りのソファーも失った母は、我慢し続けたあの頃とは打って変わり『今生の恨みは今生の内に返さでか』と事ある毎に父をチクチクやっている。

週末、足が悪くなった両親を買い物に連れていくと「あんたは本当に人の話も聞かずに勝手なことばかりする」と始まる。私は辟易とし、車の窓を全開にして、わざと大音量でデスメタルをかける。「やかましい!」と母のデスボイスが鳴り響き、父が明日のジョーのラストシーンよろしく、そっと目をとじる。

やがて、私も先代達と同じく夢を見た。ドクダミの匂いもしょんべんの匂いもしない我が城を持つことだ。南向きの、猫の額ほど小さな庭と駐車場が付いた、愛しの我が家だ。

先代の男達に比べれば小さな夢かもしれない。しかし、大きな違いがある。もしもの事があればすぐに手放して良いと思っていることだ。大事なのは家よりもそこで暮らす家族であることを、祖父や父から身を持って教わったからだ。

家族の為なら機嫌の悪い上司の八つ当たりも甘んじて受けよう。数々の保険にも喜んで入ろう。そして何より、老後になって妻から父のように朝晩チクチクやられるようになる事は、何としても御免被りたい。

そんな事を思いながら、宝石を見るような目でドブネズミを覗きこむ娘達を見る。

「ネズミ飼いたい」と娘が言う。

母が可愛がっていたあの小さくて警戒心の薄いネズミが脳裏に浮かぶ。そしてそこに重なる月刊ムーの影と、パンという乾いた音も。

「家猫飼ってるんだから食べられちゃうでしょ」と言う。

しょんぼりと肩を落とす娘の頭を撫でる、こんなしょうもないカルマは、私で打ち止めにするのだ。


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