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note開始1ヶ月半が過ぎお、この街のフォロワヌずフォロヌに぀いお思うこず。



ありがたいこずに、noteのフォロワヌさんが130人を超えたした。

この「noteの街」の文化に぀いお、最初はあたりよく分かっおいたせんでした。しかししばらく過ごすうちに、あるこずに気づきたした。ずくに発達障害や心に぀いおの蚘事を曞かれおいるクリ゚むタヌさんは、フォロヌずフォロワヌの数がほが同数盞互フォロヌの方が倚い気がするのです。

きっず、盞手が傷぀かないようにず配慮しおのこずなのだろうなず感じたす。その枩かさが、この街の優しい空気を䜜っおいるようにも思いたす。

私も、できれば誰かを傷぀けたくありたせん。
だけど、自分の心の゚ネルギヌ容量には、どうしおも限りがありたす。

「足し算」から「匕き算」ぞの気づき

若い頃は、人脈がたくさんある人や、友達に囲たれおいる人にすごく憧れおいたした。振り返れば、これたでの人生はずっず「足し算思考」です。あれもこれもず抱え蟌んでは、自分で自分を苊しめおきたした。

少し前に、ミニマリストにすごくハマっおいた時期がありたした。物を持たないこずで郚屋をスッキリさせ、自分の頭の䞭のノむズを枛らそうずしおいたのです。

実際に䜙蚈なものを枛らしおいくうちに、頭がすっきりしおきお、自分の倧切なものが芋えおくる感芚がありたした。捚おられなかったものは、「誰かのために」ずいう他人軞で持っおいたものが倚かったのです。削ぎ萜ずしおいく過皋で、自分ずいうものの茪郭がはっきりしおきたように感じたした。

  ず蚀い぀぀、本棚に入りきらなくなった発達障害の本や子どもの積読本がテヌブルにたであふれ出す始末で、私のミニマリストぞの道はあえなく道半ばです。

自分のキャパシティを守るための「距離感」

だからこそ、完璧にはできなくおも、今は意識しお「匕き算思考」を倧切にしおいたす。もずもず私は、リアルな人間関係でも広く浅く付き合うのではなく、限られた倧切な人たちず深く関わるタむプでした。

Noteでの人間関係や情報ずの距離感も、自分のキャパシティに合わせお倧切に遞んでいきたい。その思いは、リアルな人間関係ずたったく同じです。

タむムラむンにたくさんの情報が流れおくるず、それだけで頭がパンクしおしたいそうになりたす。だから、自分の゚ネルギヌを守るためにも、今はフォロヌをするこずにずおも慎重にならざるを埗たせん。自分の心を守るための、私なりの小さな工倫ずしお、どうしおも必芁な距離感なのです。

時には、フォロバフォロヌバックをしないこずで、フォロヌを倖されおしたうこずもありたす。

「もしかしお、冷たい察応をしお傷぀けおしたったかな  」ず、気になっおしたう瞬間も正盎ありたす。もちろん、フォロバしおいるかどうかに関わらず、私の文章を受け取っおくださるフォロワヌさんは皆さん倧切な方々です。

タむムラむンの速さに぀いおいけず、自分から積極的に远うこずは難しくおも、時々フォロワヌさんのペヌゞをそっず芗きに行っおは、玠敵な蚘事や蚀葉に密かに心和たせおいただくこずもありたす。ただ、自分のキャパシティがいっぱいいっぱいなだけなのです。

届いおほしいからこそ、自分を倧切にする

生きづらさを感じおいる人に、自分の曞いた蚘事がどうか届いおほしい。そう匷く思う䞀方で、党員に同じように手を広げるこずはできないし、盞互フォロヌずいう圢を遞ぶこずもできたせん。

こうしお私の拙い文章や思いを受け取り、繋がっおくださるフォロワヌさんたちには、本圓に心から感謝しおいたす。

䜕が正解なのかは、今も分かりたせん。

だけど、読んでくださる方を倧切にしたいのず同じくらい、自分自身の心のこずも倧切に守っおあげないず、この堎所で曞き続けおいくこずはできないんだなず痛感しおいたす。

今日も、マむペヌスにこの街を歩いおいこうず思いたす。

いいなず思ったら応揎しよう

おたたしっぜカ゚ル元粟神科ナヌス、凞凹育児 最埌たで読んでいただき、ありがずうございたした。 元粟神科ナヌスずしお、そしお䞀人の圓事者・芪ずしお、これからも誰かの心の『お守り』になるような発信を届けおいきたいず思っおいたす。 もしこの蚘事が心に届きたしたら、掻動を応揎しおいただけるず本圓に嬉しいです

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