「老い」こそ「追い」たい〜ミッドライフの追求〜
皆さん、こんにちは。暑い夏ですが元気に過ごされてますか?
さて、先週グロッキー状態の中、「老い」について触れたので、今回はそこをもう少し広げたり掘り下げて書いてみようと思います。一般的に、老いることのデメリットの方が認識として強いと思いますので、本投稿では、自分の経験をもとにして、「老い」ってそんなに悪くないんじゃない?と感じたことをまとめたいと思います。確かに、自分は「おっさん」であり、つまり「中年」であるがゆえに、今まででは考えられなかったデメリットに直面してきました。例えば:
・これまではなかった目、鼻、歯に不調が訪れたことがあり、場合によっては痛みで夜も眠れなかった日があった(健康面)、
・相手と話していて、話の流れに沿って、頭の中である結論を話そうと決めるのですが、その結論をより説得力のあるものにしたいがために、別の事例を挙げるわけです。そこで、話している最中にその結論がなんだったのか、つまりなぜその事例を挙げたのかを失念し迷子になる、といったことが起きるようになった(コミュニケーション面)、
・SNS上など周囲で知人の不幸を目にするようになった(環境面)、
などなど、話し出したらキリがないわけですが、今後もきっと増えていくことでしょう。だからこそ!前向きに「老い」を捉えることが大切なのではと感じてますから、「老い」のメリットについて書いていきたいと思います。
「老い」のメリット / 一般編
①ものごとがつながり、深まることで新たな認識や余裕を手に入れる
なにか特定のジャンルを深めることで、他のジャンルが見えてくることがあると思います。ここで重要な考え方として、「自分なりに」で良いのです。マニアックな水準であろうが、ゆるい水準であろうが、とにかく長く生きてきたことで、ものごとの受け止め方に幅ができる、もしくは落ち着いて対処できる、といったこともあります。例えば自分の場合ですと、かれこれ15年以上現代アートを見てきていますが、これだけ見てくると目が養われてきて、デザインの世界や工芸の世界でも見る目が養われてくるものです。
②自然体でいることを重視でき、不要な執着を荷下ろしできる
これは、こだわりを捨てられる、というニュアンスというか、取捨選択ができるようになってくる、といったほうが良いかもしれません。「老い」のメリットと聞いて、すぐに思い出すのは、プラトンが「国家」において序盤でこんなことを書いていたことです:
老年になるとさまざまな欲望から解放され、自由と平和が与えられて、恵まれたときを迎えられる
23歳頃にこれを読んだ際に、心から、そう願う、と。なにしろ可能性に貪欲で欲望まみれ?でしたから(笑)。プラトンは、「端正で自足することを知る人間でありさえすれば、老年もまたそれほど苦になるものではない。が、もしその逆であれば、老年であろうが青春であろうが、いずれにしろ、つらいものとなるのだ」。つまり、誰しもに訪れる、とは言っていません。
こだわることにはこだわるでいいのです。ただ、若かった頃というのは、あらゆる可能性に溢れていたり、あらゆる欲求に貪欲であったり、周囲からどう見られるのかといった見栄や体裁を気にしたりする方も少なくないのではないでしょうか。もちろん、どんなに歳を取っても変わらない方もいらっしゃいます。そしてそれが悪いわけではありません。ただ、少なくとも現時点の科学技術では変えられない事実として、われわれはどこかで死ぬ、ということです。それが突然の場合もあれば大往生の場合もある、でもどこかで必ず死ぬのです。ですから、その前提を認識すると、死ぬ間際になっても、あれもやりたいこれもやりたい、そう思って死にたいのかどうか、ですかね。そんな意識があるかどうかは置いておいて、年齢とともに、無理をすべきこととすべきではないことをしっかりと認識し、それを行動に移すことができるようになる方が増えてくるのではと思います。そして、後述の④にも関係してきますが、自分のこだわりや好き嫌いが邪魔をしていたこと、例えば、肩の力を抜いた生活スタイルができたり、ひととの関係性が改善したりもします。

「老い」のメリット / 一般的じゃない編
③容姿も能力も性格もすべて変わる
前回の投稿で触れたことでもありますが、まず、顔や容姿は大きく変化してきます。おそらく、脳や体の動きと顔の筋肉や骨の成長・退化が関係しているのだと思います。ここはきっと科学的にも証明できるのではと思います。例えば、毎日「こんにちは」しか言葉を発しない自分と、普段の自分とで、年齢によって顔が変わってくるのは当然だと思いませんか。例えば、老いによって肌のハリが落ちれば、シワができるようになるのですが、毎日「怒っている」自分と毎日「笑っている」自分とでも、顔が変わってくるのは当然だろうと思いませんか。実際、シワだけではなくて顔の作りが変わってきます。能力面では、確かに記憶力が落ちてくるのは避けられないことかもしれませんが、考える力は案外衰えないどころか進化・深化すると感じてます。他にも、例えば、定期的に現代アート作品を見たり日常的にものごとを考えてたりすると、若かりし頃よりよほどものごとを俯瞰したり、さまざまな角度から見つめることが容易になり、頭が柔らかくなってきたと感じることがあります。性格面では、どこまで根本から変わるかというと疑わしいのですが、振り返る、見つめ直す、変えていきたい、などプロアクティブな行動を取ることによって、周囲から写る自分というものは変えていくことができるのも確かです。実際に、マインドフルネスやアンガーマネジメントが役に立つ例も多いと思います。つまり、生き方を見直し、年齢を重ねると、若い頃の「美」とは異なる、外的・内的な深化に紐づいた「老齢美」を手に入れることができます。
④ひととの関係性が変わる
ぼくは、最近巷でよく言われる「人生100年時代」という言葉に対して、とても懐疑的です。正直、100年生きるから、◯◯しよう!という考え方が嫌いです。むしろ、どうせ100年は生きられないから、もっと時間を自然体で生き生きと過ごそう!のほうがよほどしっくり来るのです。一方で、100年生きられなかったとしても、平均年齢で語ったとして、案外人生というのは長いものです。ですから、「繰り返し」を続けるとミッドライフクライシスが訪れることもあるでしょう(これについてはまた別の機会に書きたいと思います)。こうした長い人生において、おそらく若い頃には想像もできなかった変化が各々の人生で訪れます。家族ができたり、親が亡くなったり、仕事で成功したり、失敗したりと。こうした経験の中で、各々が人生の新たなフェーズに入っていくものなのです。それによって、これまでは意識していなかった友人や知人の良い面が見えてきて、急接近したりすることもあるでしょう。「縁」というものは切れません。そして、周り回って目の前に突如良い形で出現する。②も大いに関係しますが、知っていたはずの関係性が想定外に新たな関係性へと生まれ変わることは多々あるのだと思います。こうした関係性の更新は、SNSが普及してきた時代においてはなおさら起きえます。これは、「老い」のメリットの1つだと思います。
以上、長くなってしまいましたが、良い意味で、「老い」によって、皆さんの見識が深まり、ものごとがつながり、執着から解放されてリラックスした生活をしながら、容姿も能力も性格も良くなって、ひととの関係性も良くなる!めちゃくちゃいいですよね!これは決して妄想ではないのです。最後までお付き合いいただいてありがとうございました。
