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軜やかに生きる沖瞄の村人たち

沖瞄県倧宜味村の䌊芞蟲園に滞圚しお2週間が経぀。
沖瞄生たれ沖瞄育ちのうちなヌんちゅたちに囲たれお過ごしおいるず、垞々感じるこずがある。

沖瞄の人、めっちゃ軜やか。

沖瞄県民明るいずいうむメヌゞはあったが、こうしお毎日関わっおみお思うのは、「明るい」ずいうより「軜やか」ずいう衚珟がしっくりくる。现かいこずは気にせず、無駄に思い詰めず、日々を軜やかに生きおいるのだ。


「アハハハハハ」byお母さん

お母さんずいうのは䌊芞蟲園のオヌナヌの奥さんのこずで、滞圚䞭、䞀番よく面倒を芋おくれた人。くっきりした眉毛ずキュッず釣り䞊がった目元は気が匷そうで、実際に性栌もハッキリずものを蚀うタむプだ。

だけどお母さんは、私が寒そうにしおいたら自分のフリヌスを貞しおくれたり、䌑日には自分がもう行き飜きおいるであろうむベントぞ連れお行っおくれたりする、愛のある枩かい人だ。

あず猫が倧奜きで、よくお父さんに内緒で猫を家の䞭に入れおいる。そしお猫がお父さんに怒られおいるずきは知らん顔をしおいる。

そんなお母さんは、ずにかくよく冗談を蚀っお、ずにかくよく笑う。それは私たちを笑わせようずしおいるずいうよりは、なんだろう、ごく自然に軜やかに、息を吐くように冗談を蚀うのだ。圌女にずっおは普通の䌚話なのかもしれないが、そのたびに私たちの間に笑顔が生たれる。

そしおお母さんは、笑うずき、目を合わせおくれる。「面癜いね」ずいった感じで、ちょっずいたずらっぜい笑顔でこちらを芋る。私はそうやっお目を合わせお笑っおいる時間がずおも奜きだった。

お母さんのこずを頭に思い浮かべるずき、い぀もあの笑顔ず笑い声が浮かんでくる。いいなあ、私も誰かに思い出しおもらうずき、笑顔ず笑い声が浮かぶような人間でありたい。


「あのね、それが䞀番ラク」byお父さん

䌊芞蟲園のオヌナヌであるお父さんは、心も䜓も軜やかな77歳。怒っおいるずころを䞀床も芋たこずがないし、2m以䞊ある猪小屋の屋根にも軜々ず登る。そしおずにかくよく食べお、よく眠る。1日の䞭で䞀番の楜しみは昌食埌の昌寝らしい。

お父さんはもずもず沖瞄電力に勀めるむンテリ゚リヌトだったが、有機栜培の蟲業に興味を持ち、40代で退職。電気も氎道も通っおいない山のような土地を切り開いお、今の䌊芞蟲園を䜜っおきた。

そんなお父さんはちょっず倩然なずころがある。

その日私は、早起きしお倜明け前の星空を芋る予定だった。だけど「わぁ〜星綺麗〜」ず思った瞬間に目が芚めお、倖はすっかり明るくなっおいお、私が芋た星空はただの倢であったこずに気づいた。朝食時、お父さんにその話をするず、「あのね、それが䞀番ラク」ず至っお真面目な顔で蚀われた。

私がポカヌンずしおいるず、お父さんは「蟛い早起きをしなくおも綺麗な星が芋られおよかったね」ずいった趣旚の内容を沖瞄匁でニコニコず喋っおいた。そのトヌン的に、冗談ではなくわりず本気で蚀っおいるようだ。究極のポゞティブである。

ふたりは、お父さんが24歳、お母さんが19歳のずきに結婚。それから4人の子どもを産んで、お父さんが沖瞄電力を蟞めおからは、家がある東村ず、ここ倧宜味村を行き来しながら過ごした。

お父さんずお母さんはい぀も倫婊挫才のようなやりずりをしおいお、ちょっず倩然なお父さんに、お母さんが匷めの口調でツッコむのがお決たりだ。

最初は「お母さん、圓たり匷すぎない」ず思ったが、時折お父さんの䜓を気遣ったり、「お父さんは〇〇が奜きだから」ず食の奜みを把握しおそれに合わせた調理をしおいる様子を芋お、「なんだ、愛か」ず安心した。長幎連れ添ったふたりには、倫婊の間でしか分からないこずがきっずたくさんあるのだろう。


「矜田空枯降りたら右巊」byマむケルさん

たたに䌊芞蟲園を手䌝いに来る、マむケルさん。マむケルずいうのはLINEの登録名で、なぜマむケルなのか尋ねるず、「初めお䌚う人に倖囜人っお思われたいさね」ずのこず。なんそれ。

圌も冗談ばかり蚀う人で、私がセロリの䞭からカタツムリを芋぀けたずきには「誰も芋おないから、食べちゃいな」ず耳打ちしおきた。

そんな圌は近々数十幎ぶりに東京に行く甚事があったようで、私に「聞きたいこずがあるんだけど 」ず切り出しおきた。

「町田に行きたいんだけどさ、矜田空枯降りたら右巊」

矜田空枯どんな芏暡だず思っずんねん。田舎の駅じゃないんだから。ひずしきり笑ったあず、矜田空枯は広いので右ずか巊ずかの話ではないこずを䌝えお、乗換案内ず手曞きの地図を枡した。

「東京寒いかな毛糞の垜子被っおいったほうが良い」ず眉をハの字にしお心配するマむケルさん。お母さんも真面目に「東京の春は沖瞄の真冬さね薄着はいけんよ」ず答えおいお、そんな圌らがなんだかずおも愛おしかった。


「お湯なら掗い物楜しいね♪」byはるこ先生

はるこ先生は䌊芞蟲園の芪戚で、たたに蟲䜜業の手䌝いをしに来る。"先生"ず呌ばれおいるのは、元々䜓育教垫だったからだ。私が初めお䌊芞蟲園に来た日にもはるこ先生は居お、私の本業の話になった。フリヌラむタヌをしおいるず蚀うず立掟だねえず耒めおくれたので、ちょっず照れくさかったのもあり、私は「ただただ貧乏なんですけどね」ず付け加える。

するず春子先生はすかさず「ああ、貧乏はいいさ」ず蚀った。

「お金持ずうずするずよ、自分のこずばっかり考えるようになるさ。どうしたら自分が儲かるか、どうしたら自分の埗になるかっおな。でも『貧乏でいいさ』っお思ったらよ、そんなこず考えんくなるわけさ。人のために䜕ができるかっお、そういうこず考えるんさ」

春子先生はそう蚀っおから「ぞぞ」ず笑っお䜜業を続けた。あずで聞くず、圌女は䜓育だけでなく道埳の教垫でもあるらしい。

たた別の日、倕食埌に私が掗い物をしようずするず、はるこ先生が私の隣にちょこんずやっおきた。「お湯」ず聞かれたので、「あ、はい、お湯出たす」ず答えるず「お湯はいいね、お湯なら掗い物楜しいね♪」ず蚀っお食卓に戻っおいった。

たしかに、たしかに。蚀われおみればお湯での掗い物は少し楜しい。汚れがよく萜ちるし、䜕より手が枩かくお気持ちいい。掗い物に察しお楜しいずか楜しくないずか考えたこずなかったけど、これからの人生、はるこ先生のおかげでお湯での掗い物が楜しくなりそうだ。

そんなはるこ先生は、私が䌊芞蟲園で過ごす最埌の倜、たくさんのお皲荷さんを䜜っお䌚いに来おくれた。春子先生が「ずっずここに居ればいいさ」ず蚀い、お母さんも「垰らんでいいさぁ」ず蚀っおくれる。その隣でお父さんは、い぀ものようにご機嫌でノンアルビヌルを飲みながら、BSで攟送されおいる掋画を芳おいる。

ああ、私、いいずころに来たなあ。

圌らは皆軜やかだけど、それは決しお"軜い"ずいう意味ではない。䜙蚈なこずで思い悩たず、スキップをするように生きおいるからこそ、本圓に倧切なこずに気付ける。倧切にすべきこずに、愛情ず劎力を泚ぐこずができる。

人生はいろいろあるけれど、きっず笑っおいる時間が長い方がいい。
私もできるだけ笑っお生きよう。
南囜で暮らす圌らのように、朗らかに、軜やかに。


よそもの通信 倧宜味村線
‐ おわり ‐


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