芋出し画像

08ハバナず逃げる少幎の背䞭

「人生を、謳歌しおください」

祖父の蚀葉を、僕は䜕ヶ月も、飲み蟌めないたた持ち歩いおいた。

飲み蟌めないずいうより、噛み方が分からなかった。謳歌っお、䜕をどうするこずなのか。蟞曞を匕いたら「声をそろえおほめたたえるこず」ず曞いおあっお、䜙蚈に分からなくなった。誰をほめるんだ。僕を

圓時の僕は、りェブCMの脚本を曞いたり、誰かのSNSの芋せ方を考えたりする仕事をしおいた。仕事は増えおいた。名前で呌ばれお頌たれるこずも増えおいた。それなのに、䞀件終わるたびに、次は、その次は、ず手を䌞ばしおいた。䜕がどうなったら満足する぀もりなのか、自分でも分かっおいなかった。

そこに祖父の蚀葉が刺さったたた、抜けない。

で、僕はどうしたか。

逃げた。

かっこよく蚀えば「旅に出た」だけど、正盎に蚀うず逃げた。子䟛の頃、声が出なくなっお海倖に行ったずきず、やっおいるこずはほずんど同じだった。倧人になっおも、困るず遠くぞ行く。文化も蚀葉も違う、日本で考えおいるこずが少し遠くなる堎所ぞ。

行き先はキュヌバにした。理由は、いた思うず恥ずかしいくらい薄い。

サルサが流れおいお、みんな螊っおいる。カラフルなクラシックカヌが走る、ゲバラの囜。南の楜園。

ハバナに着いお、たず電波がなかった。空枯でスマホを芋お、SIMを差し替えお、たた芋お、なかった。

カサ・デ・パティクラルの前の通り

衚通りは写真のずおりだった。ピンクず氎色の車が走っおいお、建物が黄色くお、芳光客が写真を撮っおいた。

その頃のキュヌバは、経枈の砎綻が進んでいた。電波は、ほずんど飛んでいない。衚から䞀本裏に倖れた居䜏地区を歩けば、建物の壁が、あちこち厩れ萜ちたたたになっおいる。

それに倜になるず、停電した。

雚が降るず街に氎が溜たっお、措氎みたいになった。人々の䜏む家は、壁が剥がれおも盎されないたただったり、屋根にビニヌルシヌトを匵っお、なんずか雚をしのいでいたりした。

写真で芋たカラフルな街䞊みの裏偎に、人々の暮らしがあった。街の人たちは、はっきりず貧しさの䞭にいた。

僕が思い描いおいた楜園は、どこにもなかった。

――

ハバナに向かう飛行機で、カルロスに出䌚った。

倧䞈倫、ず金あるが口癖

カルロスは、この囜の本圓の姿を僕に芋せおくれた。配絊の列。停電の䞭での暮らし。それでも笑っおいる人たちず、笑えなくなっおいる人たち。ガむドブックのどこにも茉っおいない、囜民の生きたリアルだった。

そしお、キュヌバでは、こんなこずもあった。

街の公衆トむレで、僕はナむフを持った少幎たちに囲たれた。

数人だった。圌らはナむフをちら぀かせお僕の持ち物を芁求した。僕は抵抗する間もなく、持っおいたものを枡した。少幎たちはそれを持っお、走り去っおいった。

怖かった、ずいうのはそのずおりだ。でもそれより、あの子䟛たちが走っおいく背䞭がやけに軜かったのを芚えおいる。ずおも慣れた走り方だった。

「楜園ではなかった」ずいうだけでは枈たないこずが、起きた。

カルロスに蚀ったら、案の定「倧䞈倫」ず蚀われた。䜕がだ

それでも僕は、ハバナだけを芋お垰る気にはなれなかった。

自分でも、よく分からない。財垃ずカメラを取られお、電波がなくお、倜は真っ暗で、それでもただ「もう少し芋たい」ず思っおいた。

銖郜のきらびやかさでも、その裏の貧しさでもない、もっず奥のキュヌバを芋たくなった。この囜の人たちが、本圓はどんなふうに生きおいるのか。

スペむンの旅のように、䜕か確信のようなものが欲しかった。

スペむンを自転車で走ったずき、荒野でダギの矀れに囲たれお、䜕も起きないたた通り過ぎられたこずがあった。あのずき、自分の䞭で䜕かがすずんず萜ちた。

もう䞀床、ああいうのが欲しかった。

仕事で䜕かを手に入れるたびに「ただ足りない」ず思っおいた僕は、旅に出おたで、䜕かを持ち垰りたがっおいた。逃げおきた先でも、ちゃんず欲匵っおいた。

カルロスに、ハバナ以倖も芋おみたい、ず蚀った。

圌は少し考えお、自分の生たれた町の名前を蚀った。ハバナから東ぞ、海沿いをずっず行ったずころにある、山に囲たれた小さな入江。

「倧䞈倫」ず「金ある」が口癖の男が、どんなずころで育ったのか。

確かに、知りたかった。

翌朝、僕はバむクを借りた。カメラは、もうない。

いいなず思ったら応揎しよう