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日本的AIとはなにか❔


 昨今、世界ではこどものSNS使用への規制が強まっていて、ヨーロッパでは2024年にAI規制法も施行されています。

特に今年、2026年の3月25日、米国・ロサンゼルスで、
YouTubeやInstagramの『レコメンド』や『無限スクロール』機能の設計が違法とされた判決は、かつてない画期性を持っています。

この判例が重要なのは、
ひと昔前、2000年代からある技術が、
今になって、つまり2020年代以降になって違法とされたことです。

最近になって益々、デジタル化が社会を荒廃させているのです。

 個人的には、昨年の大阪・関西万博が、ほとんど関西一円の『フェス』として消費されて終了したことを危惧しています。

『未来社会』はデジタル技術の使い方により決まりますが、日本社会の平成不況は慢性化し、『失われた四〇年』に入りつつあります。

 一九八〇年代、日本企業は世界の時価総額のトップ10の半数を占める存在でした。

しかし、いまでは米国の『GAFAS(GoogleやAppleなど)』や中国の後塵を拝しています。

 最近では今年2月、高市首相と、熊本県の工場で最先端の『3ナノ半導体』を製造することに合意して来日した、台湾のTSMCの魏哲家CEOとの会見が話題になりましたが、
正直、会見での雰囲気はどっちが首相で、どっちが一企業のCEOなのかわからない印象を受けました。


 現在、日本の半導体産業は、台湾・韓国のはるか後塵を拝しています(TSMCが世界一の企業ということは日本にとって救いでもありますが)。

いま、そんな日本の現代と未来社会を考察したKindle本を制作していますが、その途中で、初めてソフトバンクの孫正義氏のYouTube動画を視聴しました。

そして、ここではじめて『AGI 汎用人工知能』と『ASI 人工超知能』という概念を知りました。


孫正義氏の講演


 孫正義氏は、まず2023年10月のSoftBank World 2023で、

「AGIの世界が今後10年以内にやってくる」
と述べています。
※AGI:人類叡智の総和の10倍賢い存在

次に、2024年6月のソフトバンクグループ株主総会でAGIについて、「3〜5年以内の早期に実現する」 との見方を新たに示しました。

同時に、
ASIは「あと10年前後」 で訪れるとの見方も示しています。
※ASI:人類叡智の総和の10,000倍賢い存在

彼はYouTubeで公開されている講演でASIを 「人類の叡智を1万倍上回るもの」と説明し、「これからの10年間で、人類が人工知能に追い抜かれる転換期が訪れる」 と述べています。

※写真は2023年の段階の予測です


 さらに2024年10月のSoftBank World 2024では、孫氏は、「今ではAGIの世界は2、3年後にやってくる」と述べました。大幅に前倒しされてきているわけです。

そのうえで、ASIは10年以内と語っています。
ここでは、AGIの前倒しがさらに一段進み、2027年前後を含む射程に入っています。

その直後の2024年10月29日、リヤドでのFII(未来投資イニシアティブ)会議では、孫正義氏が 「ASIは2035年までに存在する」と述べました。

つまり、AGIは2〜3年、ASIは2035年ごろという二段構えの企業理念が、この時点でかなりはっきりしたということです。

※写真は2023年の段階の予測です


 そして、2025年2月のOpenAI(ChatGPTの開発企業)との提携局面では、AGI・ASIの年限そのものより、
AIエージェントの大規模実装に話題を移しています。
つまり、すでにAGI・ASIの時期予測の更新より、実装段階の具体的な方針が話題の前面に出るようになっています。

また2025年6月の株主総会では、
孫正義氏はソフトバンクが「10年後にASIの分野で世界最大、ナンバー1のプラットフォーマーになる」と語っています。

これはASI時代を前提に、10年後の自社ポジションをどう取るか、という経営宣言です。ここで発言の重心は、到来時期の予測から、ASI時代の主導権争いに移っています。

また、孫正義氏によれば、ASIは人間の道具であり、それは人々の『慈愛や願望』による未来社会を建設する手段であるとされています。平成不況が慢性化する中、このような『人間中心』の技術革新が実現すれば、現在のデジタル社会の一大転換期となり得ます。

この意味においては、彼のAI観は、海外のいわゆる『知能爆発型』ものとは違い、かなり日本的であると思います。

 この講演の動画を視聴して、個人的に思うのは、

『これは思いつきや誇張ではなく、繰り返し公的に掲げている中核ビジョンだ』
ということです。

 ソフトバンクグループは年次報告書レベルで、日本社会におけるASIの実装計画を打ち出しています。
つまり孫氏は、資本配分や企業戦略を伴う形で、この見立てを語っていて、この見立てが大幅に違ったりすると、企業ブランドに悪影響を及ぼします。

ということは、経営者の間ではAGI・ASIの実現は相当確実視されていて、

現在のAI開発速度は、それに向かってますます加速している、と考えるのが妥当です。それが世間では認知されておらず、大阪・関西万博でも大きく取り上げられなかっただけなのです。



 ただ、そこで思うのが、そもそもなぜ、日本社会はこんなことになったのか❔ということです。

〘大阪 ダイエー京橋店跡地〙 2019年の閉店後、いまだに再開発が着手されていない。


平成不況および分断・格差の『無縁社会』の源泉は、
日本経済が世界一と称賛された1985年の『プラザ合意』にあります。

それは当時、半導体市場を席巻していた日本の、インターネット普及、IT革命以後における、更なる台頭を防ぐために締結されました。
結果、日本では世界的なIT企業やサービスが出てこなくなったのは周知の通りです。

その後、以下のように推移します。


【昭和末期~平成黎明期のできごと】

・1985年 プラザ合意
・1986年~ バブル経済
・1989年 昭和改元 東西冷戦終結

・1990年頃 IT革命 インターネット普及
・1991年 バブル崩壊、平成不況開始


 一九八〇年代には、世界の半導体市場の半分を占めた日本企業・社会は、九〇年代以降平成不況に突入し、それは慢性化・永続化して、いま『失われた四十年』に変わりつつあります。

ところで、ソフトバンクと提携するOpenAIが開発した生成AI『ChatGPT』は、2022年11月発表でした。

※科学が人間をはなれて自律的に進み始めた『生成AI革命』は、インターネットと同規模か、それを凌ぐ技術革新とされています。2024年には、生成AIが行った研究成果に対して、ノーベル化学賞が与えられました。



🐶ChatGPTに尋ねてみました🐱



Q.プラザ合意が無かったら日本経済の平成不況はどれほど改善されていたか?



 結論から言うと、プラザ合意が無かった場合、平成不況はかなり軽くなった可能性はあるが、消滅まではしなかった、というのが最も妥当です。

私の見立てでは、1990年代前半までの落ち込みは2~4割ほど浅くなった可能性がありますが、1997年以降の長期停滞は半分以上残った公算が大きいです。
これは、平成不況が「プラザ合意だけ」で生じたのではなく、円高ショック→超低金利→資産バブル→不良債権→処理遅れ→97年の金融危機と消費税引き上げ→デフレ化という複合連鎖だったからです。



 まず、プラザ合意の直接効果はかなり大きかったです。1985年9月の合意後、円は急速に上昇し、BOJ系の研究でも、円高進行が1986年の「円高不況」を招いたこと、そしてそれに対応するために日銀が1986年から1987年にかけて公定歩合を合計2.5%引き下げ、2.5%という当時の歴史的低水準を長く維持したことが示されています。
円相場も、1985年ごろの1ドル240円前後から、1986年には150円台、1987~88年には120円台まで上がりました。

 このため、プラザ合意が無ければ少なくとも3つは改善した可能性があります。
第1に、輸出産業への急激な打撃が和らいだことです。急な円高がなければ、輸出企業の採算悪化、急激な生産移転圧力、景気テコ入れへの政治圧力は今より弱かったはずです。
第2に、日銀の大幅・長期の金融緩和が縮小した可能性があります。実際、BOJ資料では、円高不況への対応と国際協調圧力が緩和長期化の背景だったと整理されています。
第3に、バブルの膨張が小さくなった可能性です。BOJは、低金利長期化と「金利は当面低いまま」という期待の定着が資産価格バブルを強めたと説明しています。

 ただし、ここで重要なのは、「プラザ合意がなければバブルも失われた30年も起きなかった」とまでは言えないことです。理由は3つあります。

 1つ目は、円高そのものはプラザ合意がなくても、ある程度は進んだ可能性が高いからです。日本の経常黒字と米国の対日赤字は大きく、通商摩擦は強まっていました。プラザ合意はその速度を加速した面が大きいですが、方向そのものをゼロから作ったわけではありません。

 2つ目は、90年代停滞の核心には、不良債権処理の遅れと金融システム不安があったことです。BOJやIMFは、バブル崩壊後の不良債権累積とその処理の遅れが、信用収縮と長期停滞を重くしたと整理しています。

 3つ目は、1997~98年の深い落ち込みには、消費税率引き上げ、公共投資削減、金融機関破綻が重なったことです。IMFは、1997年不況の引き金としてこの組み合わせを明示しています。つまり、たとえバブルがやや小さくても、政策運営を誤れば長期停滞はかなり残りえました。

なので、反実仮想を3段階で置くとわかりやすいです。



弱い反実仮想

プラザ合意はないが、円高圧力はゆっくり進み、金融緩和もそこそこ行う。
この場合、バブルはやや小さく、崩壊もやや軽い。平成不況は続くが、「失われた30年」は今より短かった可能性があります。

中くらいの反実仮想
プラザ合意がなく、急激な円高もなく、日銀の超低金利長期化も弱い。
この場合、1980年代後半の株・地価バブルはかなり抑えられた可能性があります。私ならこのケースで、平成不況の深さは3割前後軽くなると見ます。初期の不況はかなり改善しそうです。

強い反実仮想
プラザ合意がなく、加えて金融行政も優秀で、不良債権処理も早く、97年の増税も避ける。
この場合はかなり違う経路になり、「平成不況」というより普通の景気後退に近いもので済んだかもしれません。ですが、これは「プラザ合意が無かった」だけではなく、90年代政策全体も同時に改善した世界なので、別の仮定が多すぎます。

したがって、質問に一番まっすぐ答えるなら、こうなります。


私の答え

  • 1991~95年ごろまでの不況の深さは、プラザ合意がなければ2~4割ほど改善した可能性がある。

  • 地価・株価バブルの規模は、かなり小さくなった可能性が高い。

  • ただし、1997年以降の長期停滞はなお発生しえた

  • よって、「失われた30年」が「失われた10~15年」程度に短縮された可能性はあるが、完全回避までは言いにくい。これは、後半の停滞に構造要因と金融処理の遅れが深く絡んでいたためです。

一文で圧縮すると、
プラザ合意が無ければ、平成不況は「かなりまし」だった可能性は高いが、日本の長期停滞の全部を消すほどではなかった、です。



【参考】




孫正義氏特別公演2023ver


孫正義氏特別公演2025ver




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