送別会に行きたくない
どんな言葉をかけても退職を取り消さないわたしに今年の6月のはじめ、
師長はこう言った。
「じゃあ送別会やるから、日をあけといて」
「嫌だ」
とは口にしなかった。でもわたしの思い描いていた理想の退職は
老兵は死なず、ただ消え去るのみ
みたいなさ。「立つ鳥あとを濁さず」みたいなさ?
「え、どらねきさんって仕事やめたんですか?」
っていう噂が、わたしの退職2週間後くらいにやんわりと広まる感じを理想としていた。
エンドロールもナレーションもいらない。
わたしは段々体が透明になって、儚く消えていくようなフェードアウト型退職を希望していた。
なのにわたしの送別会をやると師長は言う。
わたしも上記の理想の退職像について師長にもプレゼンした。
「いやさ、退職するんだから送別会くらいやらないと」
引いてくれない。師長はわたしが押しに弱いということを知っているのだ
仕事してれば「すいません、その日夜勤入りなんで送別会いけません」
と言って逃げられる。そうやってわたしは夜勤でもないのに飲み会を断り続けてきた
しかし今回はわたしが退職するのだ。すると毎日がホリデーになったわたしは、毎日送別会に行くことが可能な都合のいい男になってしまった。
断ることができない。
師長の手札に封印されしエグゾディアが揃った瞬間である。
わたしは多人数から注目されると胸が苦しくなって十二指腸潰瘍になる男である。
人の結婚式には山ほど行ったくせに、自分の結婚式は「注目されるのが嫌だ。」と言う理由でハワイでこっそり身内だけの結婚式を行った男である。
人生はそんなおとこに「本日の主役」の日を宣告したのだ
1日我慢すれば良いか
とわたしはありもしないエレベータの呼吸 弐ノ型を行い、送別会の悪夢からお腹に避難することにした。
送別会は7/17にあった。
その日が来るまで退職したのに退職した気がしない。まだ送別会という仕事が残っている。
送別会の日まであまり生きた心地のしない日々を過ごした。
送別会当日。
「どうせ来ても7〜8人くらいだろ。夜勤や長日勤の人はどうせ来ない。少人数ならなんとかなるはず」
と一途の期待を持ってわたしはドキドキしながら送別会会場にチャリで行った。
25人いた。
なぜか前年退職した師長やDrまで居た。
他病棟の昔一緒に働いたことのある看護師も来ていた。
送別会が謎の規模となっていた。
確かにうちの病院はお給料が良いし看護師同士仲も良いのであまり退職する人がいない。
送別会自体が珍しいのかもしれない。いわば彗星クラスの天体ショーに、わたしはうっかり主役として召喚されてしまったのだ。
送別会の中身を振り返っても面白くないから詳細は割愛する。
でもたくさん送別の品を貰い、「どらねきをイメージした」と言う花束までいただいた。

正直こんなに人からもらって感謝した日はない。
わたしは泣かなかったが、心の中では感動して泣いていた。
人の幸せを喜べない。
人の成功を喜べない。
そんな自分が嫌になった日もあるけど、この日の夜わたしは「あ、今なら人の幸せとか、成功を喜べるかも」と思った。
あまりこういう綺麗事は言いたくないが、人からもらった愛を受け取りすぎてわたしの小さな器から愛が溢れたのだ。
この溢れた分の愛は人に配れる気がした。
いや、こんな綺麗に締めたくなかったんだけど
