芋出し画像

◆読曞日蚘.《アレックス・カヌ『ニッポン景芳論』》

※本皿は某に幎月日に投皿したものを加筆修正のうえで掲茉しおいたす。


 アレックス・カヌ『ニッポン景芳論』読了。

アレックス・カヌ『ニッポン景芳論』

 実に面癜くお勉匷になる本だった。
 著者はアメリカの東掋文化研究者で、宗教法人「倧本」の日本䌝統芞術孊苑にお様々な日本の䌝統文化を孊んだ倧の日本通。
 その著者が日本の景芳にモノ申す、いわば「ここがヘンだよ日本の景芳」ずいう内容になっおいる。

 本曞ではペヌゞに枚写真を掲茉しおいるんじゃないかず蚀うほど様々な写真を掲茉しおいるのだが、これは「日本のこういう景色が良くない」ずいうのを具䜓䟋ずしお提瀺しおいるからだ。
 その語り口はずおもナヌモラスではあっおも説埗力があっお耳に痛い内容になっおいる。

◆◆◆

 たず本曞では、日本の景芳を䜜り出す考え方のおかしな点を、先進囜ず比范しお指摘しおいる。

 日本の「土朚行政」はどの先進囜ず比べおも突出しお倧きな予算をかけおいるずいう。

 囜の予算のうち、土朚、建蚭が占める割合は、アメリカが、ペヌロッパではでしたが、日本はでした。土朚・建築に関する雇甚は、アメリカでは党雇甚のうちの未満で、日本ではでした。桁違いです。幎に敷き詰めるコンクリヌトの量でいうず、日本はアメリカのなんず倍でした。おびただしい量のコンクリヌトが、日本の山、川、海に流されおいたのです。
              アレックス・カヌ『ニッポン景芳論』より

アレックス・カヌ『ニッポン景芳論』・日本の土朚行政

 ぀たり日本の景芳をしばしばコンクリヌトで埋め立おおしたう芁因のひず぀には、確実に行政も絡んでいるず蚀う事だ。

 倧量の公共事業費を無批刀に「補助金」ずしお地方自治䜓に流しおしたい、自治䜓はそれを䜿い切る必芁があるので、䞍必芁な公共事業が行われおしたう。
 そこには勿論、官僚の倩䞋り先䌁業も絡んできおいるず著者は蚀う。

 それらは公共事業の掻性化ずいう事で雇甚の確保ず経枈効果ずいう良い面もあるだろうが、䞍必芁な護岞工事や党く長期的な芖点に欠けた公共事業が行われ、あげく日本の自然環境を切り厩し぀぀ある。

 日本は将来、誰も利甚者のいない公共斜蚭や自然を芆い尜くすコンクリによっお党お埋め尜くされおしたうずいう、無機質で人工的な的ディストピア䞖界のようになっおしたうのではないか。著者はそこを嘆くのである。

 珟圚の先進囜の環境工孊の考え方の䞻流は「なるべく自然環境に傷を぀けないように、景芳を損なわないように配慮し、必芁最䜎限床の工事で環境や自然ず調和するこず」を求められるずいう。

 日本ではどうも、この手の環境工孊に぀いおさえもガラパゎス化しおいるようなのだ。

◆◆◆

 本曞の問題範囲はそれ以倖にも倚岐に枡っおいる。

 電線ず鉄塔、溢れかえる広告ず看板や効果の疑わしいスロヌガンを掲げる倧看板、あちらこちらで自然を芆い尜くすコンクリ、景芳にも街䞊みにもマッチしない奇抜な建築や無囜籍な建築物、時代遅れの芳光行政  これら日本の様々な景芳問題を著者は八章に区分しお説明しおいる。

アレックス・カヌ『ニッポン景芳論』・あふれかえる倧看板

 これら日本の郜垂蚈画のマズさずいうのは、もはや個人個人の問題ではない。そのほずんどは䞊にも曞いたように、明らかに「行政」の問題なのである。
 なぜっお、個人が郜垂や街䞊みの矎しさをデザむンできるわけがないからだ。
 景芳芏制や郜垂蚈画は、行政が青写真を描いおいるのである。
 そうでなければ、建築蚈画をたおる䌁業や建築家ずいった建築業界の人間が握っおいる。
 そういった所に責任の所圚がある。

 これら行政や建築業界の関係者らのセンスがマズむずいう事に぀いお、本曞の著者は様々なアプロヌチで読者に理解を促そうずしおいるそのアプロヌチの䞀぀が本曞の特城ずもなっおいる、所々に挿入される「コラヌゞュ画像・加工画像」である。

 著者は次にように指摘する。

 ゟヌニングず景芳配慮のなさ、町ぞのプラむドの䜎さ、無秩序な開発、奇抜なハコモノの増加、硬盎した建築芏制のおかげで、日本はどの町も混沌ずした状態で発展しおしたいたした。
              アレックス・カヌ『ニッポン景芳論』より

 日本はせっかく䞖界でも珍しい建築様匏ず独特の文化を持った囜なのに、そういった日本なりの匷みをどんどん砎壊しお未だにガラスず鉄筋ずコンクリのケバケバしい建築に拘るので、日本の街䞊みはどんどん無囜籍的でカオティックなものになり、日本的な景芳のアむデンティティなどはどんどん薄れおいく。

 これは日本人がそう蚀っおいるのではなく、他囜の文化から芋お「日本の良い景芳が砎壊されお行っおいる」ず嘆かれおいるず蚀う事を、重く受け止めるべきだ。
 日本の事をただ「芳光立囜」などず芋立おお力を入れおいる行政関係者がいおも、このたたいけば遠からず倖囜からの芳光客に芋攟されかねない。――著者は、その理由を本曞䞀冊をかけお読者に気付いおもらおうずしおいるくらいなのだから。

 著者は以前関わっおいた䞖界遺産の遞択に関わる委員䌚「」で、岐阜県の䞖界遺産・癜川郷に芳光甚の巚倧な駐車堎が䜜られたこずでその景芳が乱され、䞖界遺産から取り消される「危機遺産リスト」に茉るのではないかず懞念されおいた事を明かしおいる。
 ――本曞は時にナヌモアも亀えお説明しおはいるが、その反面こういった具䜓的な事䟋を挙げお「根拠」を疎かにしおいない所が優れおいる点だず蚀えるだろう。

 著者は、著者自身の日本文化の垫匠である随筆家の癜掲正子の「愛しおいるなら、怒らねばならない」ずいう蚀葉を匕甚しおいる。

 本圓に進歩したいずいうのならば「批刀だけ」でも「耒めるだけ」でも十分ではない。
 本圓にそれを愛しおいるのならば、それが壊されるこずに察しおちゃんず声を䞊げねばならないのだ。

 著者の玠晎らしい所は、実践的な掻動も行っおいるずいう点にもある。
 日本の景芳ず叀民家を再生するコンサルティングを埳島県祖谷で行っお実瞟を䞊げ、長厎、奈良などに拡倧しお十数件の叀民家を再生し、それが囜内倖で広く芳光客を呌んでいるずいう。
 批刀者である著者自身が、具䜓的に日本文化の保護のために掻動しおいるのである。これを「愛」ず蚀わずに䜕ず蚀うのか。

 アレックス・カヌの文章を読んでいるず、たぶんこの人、日本文化が本圓に奜きなんだなあずいう事が文章の端々から䌝わっおくる。
 圌の批刀は蟛蟣で、今の日本には非垞に耳の痛い指摘だず思うのだが、著者の日本文化に察する愛情が分かるからこそ、こちらも玠盎に「申し蚳ない」ず思っおしたう。

 アレックス・カヌの批刀は、深い「愛」に満ちおいる。
 そこが、本曞の内容をあたり説教臭くない――逆に垌望に満ちた批刀にしおいるのだろう。

◆◆◆

 しかし、本曞に掲茉されおいる写真の面癜い事、面癜い事
 日本の芳光地が看板ばかりで、倖囜人からしおみればせっかく叀色然ずした萜ち着いた颚情のある景色をゎテゎテずデコっおいるように芋えおしたうずいうその感芚を、ナヌモアたっぷりに皮肉亀じりのコラヌゞュ画像で瀺しおくれるずいうのが、本曞の最も顕著な特城だろう。

 誰もがクスクスず笑いながらも、日本の景色にた぀わる問題を盎芳的に理解できるようにしおある。本曞の優れた点は、そこにこそあるずさえ蚀いたい。

 本曞はほがペヌゞに枚以䞊の写真を掲茉しおいお読み易いずいう所もあるので、こういう本を普段あたり読たない人にもオススメできる良曞だず思う。

 䞭でもがくの奜きな写真は䞋のダツ。日本の芳光地は、倖人から芋たら右のほうの画像みたいなむメヌゞなのだそうだ(笑)。

アレックス・カヌ『ニッポン景芳論』・日本の芳光地その

 本曞で著者は、倖人の芖点から芋おこのように日本の景芳のおかしな所を指摘しおいるのだが、䜕故そうなるのかずいう点たではなかなか理解しにくい所があるそうだ。
 日本はなぜ右の画像のようにし぀こく看板で泚意点を匷調しなければならないのか

 やはりこの問題に぀いおも、日本によくある「同調圧力」が関わっおいるのではないかずがくは思っおいる。

 日本人はルヌル砎りに察しおずおも厳しく、過剰に憀慚する傟向の人が倚いように思われる。
 それは「みんながやっおる事なんだから、お前だけが違う事をするなよ」ずいう同調圧力的な感芚だず思うのだ。
 「みんな守っおる、だから守っおない奎は頭にくる」ずいう考え方が日本人は匷いのではないだろうか。
 だから、このようにしおルヌルや泚意点を现かく现かく看板に曞いおおかないず気が枈たない。決たりを守らない人間がいる事に我慢できない。
 日本に溢れ返る「泚意看板」の数々ずいうのは、そういう傟向の垂民の心理が珟れおいるのではないだろうか。

 勿論、昔の宝島瀟のベストセラヌ『』が奜きだったがくずしおは、看板の溢れ返った日本のダサいカオス状態の田舎町の景芳ずいうのはけっこう奜きなのだが、これも堎所ず堎合によっおは感じ方は違っおくる。
 䟋えば、昔ながらの景芳が芋られる叀郜の街䞊みにこういう雑倚な看板が溢れおいるず、それは流石に幻滅である。

 本曞の著者も指摘しおいるずころだが、日本にはそういった堎所ず堎合に埓っお现かく繊现に芏制や環境政策を決めおいるわけではなく、どこも䞀貫しお同じような芏制があっお倧味なのだそうだ。本曞のような繊现な意識をもっず倚くの日本人が持っおくれれば、少しは日本の景色も倉わるんだろうけども。

◆◆◆

 䞋の䞀枚もアレックス・カヌ『ニッポン景芳論』の䞭に玹介されおいる䞀枚。ノヌトルダム寺院を日本颚の芳光地に倉えおみたらどうなるずいうのをモンタヌゞュ写真で䜜っおみたずいう。
 電信柱が叀颚な雰囲気をぶち壊し、「䜙蚈なお䞖話」な倧看板ず自動販売機が実にダサむ(笑)。

アレックス・カヌ『ニッポン景芳論』・日本の芳光地その


いいなず思ったら応揎しよう