茨の中に、答えがある。
人生における『茨の道』とは何か。
それは誰かが踏み入れた形跡のない道。
踏み入れば、間違いなく傷の残る道。
私はこれまで、そんな道ばかりを選んできた。
なぜなら、その先にはまだ誰も見たことのない景色があるから。
誰も踏み入れていないからこそ、自分が最初にその景色を見ることができる。
そして、自分が傷つきながら歩いた跡が、やがて一つの道になる。
その道を、後から追ってくる人がいるかもしれない。
それは、きっと光栄なことだ。
自分が切り拓いた道を、「自分も歩いてみたい」と選んでくれる人がいるのだから。
すでに整備され、誰もが踏み締めてきた安全な道だけを歩く。
それも一つの生き方である。
だが、たった一度しかない人生で、それだけを選ぶのは、あまりにもったいない。
茨に身体を裂かれ、服を汚し、何度も転ぶ。
挫折し、立ち止まり、傷が癒えるまで動けなくなることもある。
傷が癒えたとしても、残る傷跡に鬼が宿る。
何度倒れても立ち上がった証。
何度諦めそうになっても、それでも進んだ証。
そうして積み重ねた傷と経験は、やがて誰にも奪うことのできない、自分だけの力になる。
苦難を乗り越えた経験そのものが、自分の証明になる。
先人が歩いた道の先には、『正解』があるのかもしれない。
だが、茨の先にあるのは、自分にしか見つけられない『人生の答え』だ。
過酷な道を笑うものには構う必要はない。むしろ無難を笑え。
いずれ全員が手のひらを返す。
今までも何度も経験してきたこと。
痛みはどこかにおいてきた。傷つくことに恐れなし。
誰も見たことのない景色を見に行こう。
