前衛芸術の女王・草間彌生さん
前衛芸術の女王・草間彌生さん
「アジア美術のスーパースター」
世界中の人々を魅了続けた草間彌生さんが
2026年8月14日97歳で旅立たれました。
公式発表によると、草間さんは最期の日々まで
筆を置くことなく、創作を続けていたそうです。
まさに、人生そのものが
【芸術】だった方ではないでしょうか。

草間 彌生氏
1929年3月22日生まれ
巳年 卯月 寅日生まれ
天王星成就年 決断月 決断日生まれ
思考回路はクリエイティブな10代の少年
そして、2026年8月14日逝去
午年 申月 申日
浮遊年 財運月 財運日97歳で光の国へ旅立たれました。
草間彌生さんといえば、
誰もが思い浮かべるのが
あの鮮やかな水玉模様です。
水玉、網目、かぼちゃ、花。
一度見たら忘れることのできない
独特の世界をつくり上げ、
世界各地で展覧会が開催される
日本を代表する前衛芸術家となりました。
しかし、その華やかな作品とは裏腹に
草間さんの人生は決して平坦なものでは
ありませんでした。
絵を描いていた草間さん。
幼少期から聴覚や視覚の幻覚、
幻聴などに悩まされ水玉や網膜模様
周囲が水玉や網膜模様で覆われる幻覚を体験し
その恐怖や苦しみから逃れるために
絵を描き始めたといわれております。
自らの幻覚や脅迫的な衝動を
作品として表現することで自分自身の心と
向き合い作品として昇華させていったのではないでしょうか
水玉も網目も、単なるデザインではありません。
彼女にとって絵を描くことは、
「売れるため」でも「有名になるため」
でもなく、自分自身が生きていくための
方法だったのかもしれません。
そして1977年以降、精神科病院で生活しながらも、
近くにアトリエを持ち創作活動を続けました。
精神病院の安心できる環境や医療者の
理解が彼女の膨大な作品群を支える
基盤となったと言われております。
入院していても描く
苦しくても描く。
贅沢や遊びに心を奪われるのではなく、
ただひたすら、描く。描く。描く。
97歳になっても、その手を止めなかった。
私はそこに、動心学から見えてくる
間彌生さんの姿を強く感じます。
草間さんは巳年生まれ。私が彼女の人生を見ていてとても
強く感じるのが【巳】の持つ力です。抱強さ。
こだわりの深さ。簡単には諦めない粘り腰。
そして、一度【これ】と決めたら、
とことんまで追い続ける力。
良くも悪くも執着するすごい力強さがあります。
草間さんの場合、
その力がすべて芸術へ向かったのでしょう。
そしてもう一つ興味深いのが、
決断月・決断日生まれいうことです。
人が何と言おうと、
時代が理解してくれなくても
、自分の中から湧き上がってくるものを信じ、
自分の世界を表現し続ける。
誰かの真似をするのではなく、
「私はこれを描く」という一本の柱を
、生涯曲げることはなかった方でした。
最初から世界的芸術家だったわけではありません
。理解されない時代もあった。
心の病とも向き合った。
それでも彼女は描くことをやめませんでした。
そしていつしか、彼女にしか見えなかった世界を、
世界中の人たちが見に行くようになりました。
私は草間彌生さんの人生を見て、
改めて思いました。
才能とは、特別なものを持っていることだけではない。
自分の中にあるものを信じ、誰に理解されなくても
何十年でも続けること。
その「続ける力」こそが、いつの日か、
その人だけの世界をつくるのではないでしょうか。
97年間という長い人生。
病とともに生き、それでも筆を離さず、
自分にしか描けない世界を追い続けた草間彌生さん。
宿命は変えられませんが
自分の運命をどのように生きるかは自分自身。
自分の弱ささえ作品へ変え
、苦しみさえ創造する力へ変え
世界にただ一つの【草間彌生】という人生を完成させました。
私はその生きざまに、芸術家として以上に、
一人の人間としての凄みを感じます。

97歳。
後まで自分の人生を描き続けた草間彌生さん。
水玉の一つ一つは、
彼女が生き抜いた一日一日。
苦しみも、孤独も、喜びもすべてを
描き続けた97年の証だったのかもしれません。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
思考回路分析家みさと動心
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