糸井重里氏の「へんにあたまのいいひとたち」ではじまる平仮名ポストを読み解いてみる

この糸井重里氏のポストが話題です。今回は、「権力批判備忘録」ではありませんが、このポストの持つ意味とはなにか、そしてこのようなポストがどのような意図をもって出されたのか、そしてどのような影響を世間におよぼし得るのかということを思考しつつ、それがときの「権力」にはどのように作用し得るのか、ということについて考察してみたいと思います。
すでにこのポストには、「市民をバカにしている」「醜悪」との反応が噴出しています。町山智浩さんも以下のポストで痛烈に批判を浴びせました。

この町山さんのポストには、賛意を表すポストだけでなく、高市政権支持者と思しきアカウントから町山さん個人を誹謗中傷し、人格さえも傷つけるリプライも多く付けられました。
こうした状況を見るに、今回の糸井氏のポストは、少なくとも政権支持者にとっては不愉快なものではなさそうです。それがこのポストの意味を読み解くにあたっての、第一ヒントになるのではないでしょうか。
ちなみに私は、ずいぶん前から糸井氏にブロックされています。私のような無名医者をわざわざブロックするなんてずいぶんとお暇だなあと思いますが、私自身の心当たりとしては、原発事故後に糸井氏と早野龍五氏が対談した内容について批判した記憶があるので、なんらかそのあたりがお気に召さなかったのかもしれません。https://www.1101.com/shiroutosurukoto/
思い起こせば、当時から糸井氏は政権寄りというか、批判的思考や言説について一種の冷笑的スタンスをお持ちだったように感じられます。コピーライターというお仕事が関係しているのかはわかりませんが、なにかしら人とは違った視点を表出しなければならないという職業的な使命感、自らのアイデンティティを維持せねばならないという思いが、そのような言動につながっているのかもしれません。
言い方を変えれば「皮肉屋」とでも言いましょうか。「逆張り」とでも言いましょうか。
そこであらためてこのポストを見てみましょう。
へんにあたまがいい人たちとか、 あたまがいいのがおしごとの人たちは、 ずうっと「おまえはまちがってる!」と、 たがいに言いあってるんだ。
まず最初に「へんにあたまがいい人たち」「あたまがいいのがおしごとの人たち」とは、いったい誰のことを指している、もしくは思い浮かべているのでしょうか。そこから考えを巡らせてみましょう。
ポストの発信者は糸井氏自身なので、自らは“これらの属性の人たちとは無関係な立ち位置である”と言いたいことはあきらかです。
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