一人暮らしの月曜日、夕飯どうする問題| 美咲さんのひとりごと
月曜日の夕方、仕事を終えて会社を出た瞬間、ふっと肩の力が抜ける。でも完全に気が抜けるわけやなくて、まだ頭のどこかでは今日の仕事の続きが動いている。終わったことと、明日に回したことが混ざったまま帰り道を歩いていると、自然と考えてしまう。
夕飯、どうしよかな。
ほんま小さなことやのに、その日の疲れ具合がそのまま出る問いやと思う。
美咲は駅までの道を歩きながら、冷蔵庫の中を思い浮かべていた。
日曜日は外で食べたから、家にはこれといった食材はない。
それでも「今日くらいは作らなね」と思う気持ちはちゃんとある。
ちゃんとしたい気持ちは、ちゃんと残ってる。
でもその「ちゃんと」が、ちょっとだけ重い。
誰かに見せるための生活ちゃう。
一人暮らしの部屋で、誰かに褒められるわけでもない。
それでも、自分の中には小さな「こうした方がええかも」という基準があって、それから少し外れると、なんとなく落ち着かへん。
ちゃんとした生活って、なんやろな。
毎日きっちり料理することなんか、栄養バランス考えることなんか、それとも自分を雑に扱わんことなんか。
答えはまだようわからへんまま、それでも日々は進んでいく。
駅のホームで電車を待ちながら、美咲はスマホを開くのをやめて、ぼんやり前を見ていた。
仕事中はずっと情報に追われてるのに、帰り道になると急に何も見たくない時間がくる。
ただ立ってるだけやのに、少しずつ気持ちがゆるんでいくのがわかる。
今日の仕事は特に大きな問題はなかった。
ただ、監査前やからか、どこか空気がピリッとしていて、いつもより気を使う場面が多かった気がする。
そういう一日を過ごしたあとって、ほんまに何でもない夕飯のことが、ちょっと大きな選択に感じる。
電車に揺られながら、頭の中でいくつかの選択肢が浮かぶ。
コンビニで済ませるか、スーパーに寄るか、それとも家にあるものでなんとかするか。
どれも間違いちゃうのに、その日の自分の余裕で「正しさ」が変わってしまう気がする。
日曜日は外で食べたし、さすがに今日くらいは作らなね。
そう思う自分と、別に無理せんでもええんちゃう?って言う自分がいて、その間で少し揺れる。でも結局は、ちょっとだけちゃんとした方に寄ってしまう。
駅を降りて外に出ると、夕方の空気が少しひんやりして気持ちいい。
季節の真ん中みたいなこの時期の風は、なんとなく悪くない。
スーパーの前で足が止まる。
入ろか、やめとこか。
ほんの数秒やのに、その判断がちょっとだけ真剣になる。
ちゃんと作るなら野菜も買った方がええ。でも今日はそこまで頑張れるやろか。
簡単に済ませるのも全然ありやけど、それが続くとちょっとずつ生活が雑になっていく気もする。
美咲は小さく息を吐いて、結局スーパーの中に入った。
野菜売り場の前で少しだけ立ち止まる。
きれいに並んだ野菜を見ながら、「これ買ったらちょっとちゃんとした感じするな」と思う。
でも同時に、「使いきれるかな」という現実的な声も聞こえる。
結局、無理のない量だけをかごに入れる。
ちゃんとしすぎへんけど、雑にもならへん。
その間くらいの選び方。
それが今の自分にはちょうどええ気がした。
レジを終えて外に出ると、空はもう少し暗くなっている。帰り道を歩きながら、美咲はちょっとだけ気持ちが軽くなっていることに気づく。
夕飯をちゃんと作るかどうかって、本当はそんなに大きなことちゃうのかもしれへん。
ただ、その日の自分をちょっとだけ大事にするかどうか、それだけのことなんかもしれへん。
完璧じゃなくてええし、毎日ちゃんとできんでもええ。
ただ、無理のない範囲で自分の生活を整えようとするだけで、それで十分やと思う。
家の鍵を開けて部屋に入ると、静かな空気が迎えてくれる。買ってきた袋をそっと置いて、少しだけ手を止める。
美咲は迷いながらも、エプロンを手に取った。
今日の夕飯はちゃんと作るかもしれへんし、簡単に済ませるかもしれへん。
でもどっちでもええと思えるくらいには、少しだけ心が落ち着いていた。
月曜日の夕方は、いつもこんなふうに小さな選択の積み重ねで過ぎていく。
誰かのためやなくて、自分のために。
そう思いながら、美咲はキッチンに立った。
帰ってきた日の夕飯、ちゃんと作れてる?
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