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小説「観音子」あの日の秘め事

◎あの日の秘め事

八十吉と観音子は人目を忍んで、茶屋の二階の部屋に滑り込む。

八十吉はすぐに酒を一口含んだ。

満月がまだ昇らぬ薄暮の光が、格子窓から斜めに差し込んでいる。

八十吉の寡黙な表情が浮かび上がる。

「今日は、いつもと様子が違うね」

観音子がそっと寄り添うと、八十吉は無言で彼女の腰を引き寄せた。

その抱き方は、いつもの荒々しさの中に、奇妙な優しさが混じっていた。

「何も言わねえで黙って、俺に、、身を任せな、、あん時みたいによ」

声は低く、しかしどこか震えていた。

八十吉は観音子の帯を解きながら、彼女の首筋に顔を埋めた。

熱い息が肌に触れる

着物が床に落ち、白い肌が露わになる。

八十吉の手は、いつもより丁寧に、
しかし、
執拗に彼女の身体を撫でた。

まるで、記憶に刻み込むように。

二人は畳の上に崩れ落ち、互いの熱に溺れた。

肌がぶつかり合う音

乱れる息

観音子の爪が八十吉の背中に食い込むと、
彼は激しく動きながら、時折、彼女の耳元で囁いた。

「俺の、、観音子、、俺だけの、、
そうだろうよ、、今でもな」

その言葉には、問いかけのような響きがあった。

観音子は答えず、ただ彼の首に腕を回して応えた。

頂点に達した瞬間、八十吉は強く彼女を抱き締めた。

まるで、二度と離さないとでもいうように、、

(でも、これで最後だ、、最後なんだ)

八十吉は、心の中でそう呟いていた。
 
・・・

情事のあと

二人は汗に濡れたまま、薄い布団に横たわっていた。

観音子は八十吉の胸に頰を預け、穏やかな吐息を繰り返している。

八十吉は彼女の黒髪を指で梳きながら、窓の外の薄闇を見つめている。

(今ごろ、奴は痛い目にあって、ひっくり返ってる頃だろう、、が

俺の痛みに比べりゃ

屁みてえなもんだろよ

ちっ!

あぁ、事が済んじまったなら、、

俺はもうここには居られねえ

俺は、一人で都へ出ていくんだ、、)

観音子がぼんやりと呟く

「八十さん、なんだか寂しい顔、、」

八十吉は苦笑し、

「ふふ、ちょいと疲れてるだけだろ」

彼はそう言って、観音子の肩を強く抱いた。

この温もりを、もう二度と味わえない。

その思いが、胸の奥を鋭く抉る。

嫉妬と愛情と、後悔と、決意が、複雑に絡み合って言葉にならない。

やがて観音子が身支度を整え始めると、八十吉は彼女の手首をそっと掴んだ。

「観音子」

「なに?」

「なんでもねえや。気をつけて帰れよ」

八十吉は痩せ我慢の笑みを浮かべていた。

部屋を出て行く観音子の姿を、八十吉は断腸の思いで見つめている。

外では、満月がゆっくりと昇り始めていた。

その冷たい光が、八十吉の横顔を青く、哀しく照らした。

八十吉は一人、残った酒を飲み干した。

喉を焼くような苦さが、胸の奥に広がっていった

・・・・

(あぁ遅うなってしまって、誠一朗さんには何と申し訳しようやら、、)

考えあぐねつつ、

観音子は

足早に

誠一朗の待つ

屋敷へと、向かうのだった。

・・・



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