自ずから世界線を引く――『ワールドラインズ 体験できる世界観のつくり方』を読んで
この本の感想を書くのは難しい
なぜなら本書は理論書でもあり詩のようでもあり、読んでいるはずが、専用の音楽を聴き、本の外に出て、文字通り家の外に出て、更には小説まで書いていて、読むだけの本ではない。
しかも自分は企画段階で原稿も読んでいて、この本で紹介される「体験小説」そのものを既に実際に体験してきた。
だから単純な読書感想文にはならない。
なので、原稿ではなく書籍という形で改めて本書を読んで見えてきたものを、これまで自分に起きてきたことを振り返りながら考えたい。
ここでいう「体験小説」とは、小説の物語の世界を現実に生きる、「生きる文学」だ。
はじめは「観光客」だった
著者のアメミヤユウとの出会いは、本書の最初の方で触れられるマッドランドフェスだ。泥の国で泥だらけになりながら踊り狂った。圧倒的な開放感、そこでフェスティバルの魅力に取り憑かれた。
自分でもフェスを開こうとなり、そのための勉強も含めて2024年に行われた体験小説『RingNe』2章のイマーシブフェスティバルに関わったのが、最初の体験小説との出会い。
そのときは当日スタッフとしての参加で軽い気持ちだったので、そこまで深くコミットしてはいなかった。ボランティアスタッフなのに仕事より仕事しているなという感覚だった。そのときは主体的に関わるというより、まだ観光客気分だった。
しかし体験小説の世界観に圧倒され、ここから更に深くのめり込むことになる。

「人類最後の祝祭」で、世界線が変わった
2025年の『RingNe』最終章では初めから関わることになった。最終章は「人類最後の祝祭」をテーマに廃校を貸し切って2泊3日の祝祭を開いた。
そこで自分は、最後に一緒にいたい人たちを「共犯者」として誘った。毎週のミーティングで共犯者と交流したり、哲学対話を開いたりする中で気付いたら自分が中心人物の1人になっていたことに本番当日になって思い知った。
当日、共犯者の1人から、「今回はほしくん軍団だね」と言われた。
自分としては何か大きなことをしているつもりはなかった。
周りの人たちを誘い、必要なことを自分なりにしていたが、事務は得意ではなく自分のいたらなさを感じていた。
しかし、気付いたら共犯者と各地で出会い、交流し、そこから祝祭のセレモニーが生まれ自分も出演することになった。自分としてはただ流れのままに過ごしていた。
当日は、自分は気付いたらいてほしいときにいたり、やる予定のなかった役を任されたり、それまで培ってきた共犯者との関係性が花開いていた。
それは恐らくみんなもそうで、それぞれがその時その場に必要な人で、一人ひとりがそこに存在する意味があると感じた。
祝祭の中で、この空間が世界の全体を表しているようで、全ては全体最適解になるように回り、自分という「部分」と空間全体という「全体」が一致しているような、仏教の曼荼羅的な感覚を得た。
最後のセレモニーの後には終わりのはずなのに、何かが始まったような感覚を覚え、生まれ変わったような気持ちに。友人からは生前葬だったんだねえと言われた。終わりというのは、新たな始まりを予感させるのかもしれない。
振り返ると「人類最後の祝祭」で世界線が変わったのだと思う。

あの体験は、いったい何だったのか
自分が体験小説で体験していたものは何だったのか。
本書では世界観を編集する基底要素を「設定・環境・物語・時間」の「四編」として整理している。そして、それを他者と分かち合うための「七緯」と組み合わせながら、「体験できる世界観」のつくり方を、体験デザイン手法として伝えている。
「RingNe」最終章では、人類最後の祝祭という設定で、物語の世界に没入できる環境をつくり、本番前の期間もこれで最後なんだと思いながら過ごした。そうすると、全ては儚く慈しみを感じるようになった。
本番が終わった後からしばらく、人類最後の祝祭をつくった共犯者たちと、その後の世界を過ごしているような新鮮な感覚で、新しい世界観の体験知を得ていた。
そこには虚構と現実が溶け合った、そのどちらでもない、幽玄無限の世界が広がっていた。
これが体験小説独特の共生のあり方なのかもしれない。
体験小説は、何が違うのか
テーマパークやイマーシブイベントなど、物語の世界に没入する体験は既にいくつもある。では体験小説はそれらと何が違うのだろうか。
体験小説は、週末の気晴らしや刺激を求める娯楽とは少し違う。
イベント当日のハレだけでなく、長い制作期間のケも生きる。制作は生活の一部となり、虚実が入り混じった世界を生きる。
共犯者の行動は物語に影響を与え、同時にその人の現実にも影響を与えていく、虚構と現実を往復する中でその人にとっての新しい世界線が生まれていく。
本来祭りというものは、当日だけでなくそれまでの準備も含めて地域で生きられたものだ。
体験小説ではそれが地域だけでなく小説の世界観に惹かれるあらゆる人に開かれている。
また、制作はストーリードリヴンで進められ、それぞれが主体性を持って参加できる。原作小説を読めばいつでも同じ土俵で企画に参加することができる。
「信じる」のではなく、「生きてみる」
本書によれば、体験小説には2つの「物語」がある。原作小説の「物語」と、体験小説の共犯期間という現実の「物語」だ。
前者では文学の力を使い、後者では祭礼の力を使う。
RingNeはまさにそうだった。原作小説を読み、その余白を想像した。共犯期間では仲間と共に企て過ごし、みんなで祭りを行うことで新しい世界が開けた。
そう考えると、体験小説と宗教は似ているところがある。
宗教には神話や聖典など世界を解釈する物語がある。そして祭礼や儀礼を共同体で行うことでその世界観を身体を通じて共有してきた。
宗教では、その世界観を真実として受け入れ、信じることに大きな意味がある。
一方、体験小説ではその世界観を必ずしも信じる必要はない。仮想の物語として、あるかもしれない未来の物語として体験する、ある意味では壮大な「ごっこ遊び」とも言えるかもしれない。
大事なのは信じることではなく、その物語の世界観に入ってみると世界はどう見えるのか。その世界観の余白を自分で「そうぞう(想像/創造)」することだ。
体験小説は、そんなふうに世界観を「信じる」のではなく「生きてみる」ことではないだろうか。
共に生きるための「体験小説」
物語への想像力は他者への想像力にも繋がる。
例えば将来、体験小説が乱立する世界線があったとしよう。そこでは人々が様々な体験小説を渡り歩き、小説を読んだり映画を観ただけでは得られない「生の体験」を重ねていく。そうして得た豊かな体験知を持つ者同士の交流があちこちで生まれているかもしれない。
そうした体験を重ねることで自分とは異なる世界観を持つ他者や、その人が生きている物語への想像力が培われていく可能性があるのではないだろうか。
自分とは違う人たちと争ったり避けたりするのではなく、それでも一緒に、共に生きていきたいと思ったときの「体験小説」というひとつの生き方。あるかもしれない仮想の世界観を一緒に体験してみることで、わたしたちは今よりもよりよく共に生きることができるのかもしれない。

読んでいたはずが、つくっている
ここまで「体験小説」の可能性について書いてきた。
この本では「体験小説」に限らず、自分の世界観を他者と共有できる体験に変換するための手法が余すことなく書かれている。
この本では様々なworkがある。
例えばRingNeの設定と物語を、環境と時間に変化させるworkでは、体験小説の共謀、共犯を追体験できる。
他にも3つのワードから10分間で小説を書くworkがあり、これが個人的にかなり驚きだった。普段小説なんて書いたことがないのに、いざ書いてみると書いているうちに話が転がっていき、書けることがわかった。小説を書けない自分が、workを通して書ける自分になっている。
読んでいたはずが、つくっている。そう、本書では、本という制約の中で読者を作り手へと変えていく仕掛けが随所に用意されている。
世界観を編集し共有する手法を身につけることで、読者は、今ある世界を変えるのではなく、自分独自のオリジナルな世界観を豊かなままに他者と共有できる「体験」に変えていくことができる。
だから、この本はイベントをつくりたい人だけでなく、自分の世界観を誰かと分かち合いたい人、自分とは異なる他者の世界観を体験したい人なら誰にでも開かれている。
世界線を、自ら、自ずから引く
本書の中で紹介される体験に出会って、心が動いた、知らない世界に出会った、そのことで、今の自分は随分世界線が変わったように思う。『ワールドラインズ』はそんな体験を、知らない世界を自分の手で切り開く力強い相棒になってくれる。それでいて自分の中のまだ形のない知らない感情に優しく寄り添ってくれる。
世界は余白に、未知に満ちている。私たちは世界観が響き合う世界の中で隣の異なりに耳を澄ますこともできる、拍手を贈ることもできる、共に生きることもできる、そんな世界線を自ら、自ずから引くことができるだろう。そんな希望をこの本は与えてくれる。

おわりに
最後に自分が最初に原稿を読んだときに湧き出て来た言葉でおひらきとしたい。
小説は1人の世界観から作り上げる孤独な作業だ。体験小説はその1人の世界観を人々に遍く開き、共に世界をつくり、世界を共に生きる。
世界を編むこと、世界を読むことも、関係性の中にある。その関係性の網の目の中で、この本が共通言語となり、そこから共通体験が生まれ、やがて共通感覚になっていけば、世界はもっと希望的になるのかもしれない。
―――――――――――――――――――――

アメミヤユウ著『ワールドラインズ 体験できる世界観のつくり方』
本書は8/24までクラウドファンディングにて先行販売中。
9月からは全国書店にて発売予定。
以下からお求めできます。
