賢人たちは、どうやって富を築いたのか?
〜9月30日 01:30
――孔子・ブッダ・ソクラテス・セネカに学ぶ、「お金だけでは測れない富」のつくり方。
お金は、もっとあったほうがいい。
もう少し収入が増えれば、自由に使えるお金も増え、将来への不安も少しは小さくなるかもしれません。だから私たちは働き、貯め、ときには投資をしながら「富」を築こうとします。
では、そもそも富とは何なのでしょうか。
現代で「富」と聞けば、多くの人がお金を思い浮かべるでしょう。預金、年収、株、不動産。数字が大きいほど、その人は「豊かな人」に見えます。
それも当然です。お金は、食事にも、家にも、教育にも、時間にも変えられます。
だから現代では、富を築くことと、お金を増やすことは、とても近い場所にあります。
では、孔子やブッダ、ソクラテス、セネカのような賢人たちはどうだったのでしょうか。2000年以上読み継がれてきた彼らは、どうやって富を築いたのか。そもそも彼らにとっての「富」は、私たちが考えているものと同じだったのでしょうか。
ここから少し、昔の賢人たちのお金と人生を覗いてみたいと思います。
2000年前の「富」を、いまの「お金」という尺度だけでは測れない
私たちは「富」と聞くと、自然にお金の多さを思い浮かべます。それは、現代のお金が非常に優秀な「物差し」だからです。
土地も、食べ物も、会社も、労働も、知識も、本来は性質の違うものです。それでも価格をつければ、同じ尺度の上に並べることができます。
言ってしまえば、
バラバラだった価値を、「お金」という一つの数字に圧縮しているわけです。

本来なら「この土地の価値」と「この人の1時間の価値」は、それぞれ別の物差しで考えるしかありません。ところがお金を使えば、「この土地は1000万円」「この人の1時間は時給3000円」と、同じ尺度の上に並べられます。
もちろん、お金だけですべての価値を測れるわけではありません。それでも現代では、お金が強力な共通尺度です。
では、この物差しをそのまま2000年以上前の世界へ持っていったらどうでしょうか。
当時にも貨幣は存在しました。しかし、土地や家畜、身分、政治的な地位、知識、人とのつながりなど、何を「富」と考えるかは、時代や社会によって異なります。
つまり、私たちが考える「富」と、彼らが考えていた「富」は、違うものかもしれません。
そのためこの記事では、「いくら稼いでいたのか」だけではなく、彼らが何を富と考え、それを得るためにどう生きたのか。当時の時代背景とともに、一人ずつ紐解いていきます。
では、ここから歴史の旅に進んでみましょう。
最初に向かうのは、約2500年前の中国です。

孔子|紀元前551年頃〜紀元前479年
孔子と聞いて、まず思い浮かぶのは『論語』ではないでしょうか。
「学びて時に之を習う、亦説ばしからずや。」
「己の欲せざる所、人に施すこと勿れ。」
約2500年前の言葉でありながら、今でも読み継がれています。
ただし、『論語』は孔子自身が一冊の本として書いたものではありません。
孔子と弟子たちの対話や言葉が、死後にまとめられていったものです。
そこで語られるのは、学び、人間関係、政治、礼、正しさ、そして人はどう生きるべきなのか。
当然、その中には富や利益についての言葉も残っています。
では、その孔子自身は富を築くことができたのでしょうか。ここから先が有料部分です。孔子の章の続きと、ブッダ・ソクラテス・セネカの3章、四人を並べたまとめ、描き下ろしの挿絵8枚が含まれます。読み終えたとき、次のことが手元に残るはずです。
「お金の多さ」と「豊かさ」を同じものとして扱うことの危うさ
孔子・ブッダ・ソクラテス・セネカが、それぞれ何を「富」と考えたのか
収入が増えても、不安が消えない理由
お金・時間・人間関係・心の余白のうち、いま自分が増やすべきものを見分ける視点
いまは公開記念のタイムセール中で、通常300円を半額の150円にしています。セールは9月29日までで、10月からは定価に戻ります。
この記事は、これで完成ではなく、今後も育てていきます。10月には、四人の比較表や「自分にとっての富」を整理する問いを付録として加えた増補版に更新する予定です。一度購入いただいた方は、追加料金なしで、更新後の内容もそのままお読みいただけます。読んだ感想や「ここが分かりにくい」という指摘をコメントでいただけたら、次に手を入れるときの一番の材料になります。
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8月31日 01:30 〜 9月30日 01:30
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