【読書感想文】『夏帆 The Tale of KAHO』村上春樹
7月3日に発売された村上春樹の新作
『夏帆 The Tale of KAHO』を読んだ。
読み始めてすぐ、最初に浮かんだ感想は、
「これ、ほんとうに村上春樹が書いたの?」
だった。
違和感がある。
村上春樹らしすぎる。
率直に言うと、
AIが書いたんじゃないかって思った。
ありくいがしゃべる。
シロアリもしゃべる。
不可解な世界。
主人公が誰かを殺す。
けれど刃物を刺しても血が出ない。
そして現実の世界では殺人事件は起きていない。
騎士団長殺し、1Q84、ねじまき鳥クロニクル
海辺のカフカ、色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年
過去の村上作品をMIXしたみたいな、既視感の連続。
大事なフレーズが伏線として回収されないまま、
主人公が日常に戻っていく。
わたしがとくに気になったのは、ここ。
嫉妬という感情は彼女にとってほとんど馴染みのないものだったから。生まれてこの方、誰かに嫉妬した覚えがなかった。誰かをうらやましいと思ったこともないし、自分とは別の人間になりたいと思ったこともない。
こんなに大事なことを、このページでさらりと言ってしまって、
あとは一切、嫉妬に関する話題が出ない。
こんなことでいいはずがない、と、一読者であるわたしは思うのだ。
この本の主人公「夏帆さん」は、嫉妬の感情がない主人公なのだ。
そこになんの答えもなく、
ただ、ありくいに言われるままに、殺人を?
おかしい。軽すぎる。
嫉妬しない主人公。
このページを読んだ瞬間、「品川猿」を思った。
わたしが村上春樹の作品の中で一番好きな短編「品川猿」は、『東京奇譚集』という本の中に収録されている。「品川猿」には、2人の若い女性が登場する。ひとりは裕福な家庭に生まれ美しく、他人に嫉妬することなどなにもないように見えるのに嫉妬に苦しむ「松中優子」。もうひとりは嫉妬の感情がない女性で、ごく平凡に淡々と暮らしている「安藤みずき(旧姓:大沢)」。
嫉妬は苦しいもので、嫉妬はないほうが生きるのに楽であろうと思う。
けれど、なぜ他人に嫉妬しないのかという理由が猿によって説明されるとき、読者たちは主人公(安藤みずき)とともに、いたたまれなさと向き合うことになる。
「品川猿」を読んでからずっと、わたしは村上作品の中に「品川猿」を探し続けている。わたしにも嫉妬の感情はあるし、御しがたく苦しい気持ちになることもある。嫉妬とは、なんなのか。
「夏帆さん」は、「安藤みずき」なのではないのか。
嫉妬がないことを、嫉妬がないという一言で片づけてしまって、いいのか。
『夏帆 The Tale of KAHO』の読後感は、なんとなくさわやかで、1冊のお話を読み終えた感じがある。前作の『街とその不確かな壁』に比べると、悪(と決めつけた)者を退治し、なにかを成し遂げた感もある。前作までに何度か感じた「村上春樹、年を取ったな」という感覚もなく、若さを感じる。
だけど、これでいいの?
なんだか、軽くない?
もう一度、本作を読み返す。
主人公の夏帆は、絵本作家で、
小説の中に彼女が書いている絵本のストーリーが入ってくる。
あっ、と思う。
夏帆が書いている絵本「ミソラの物語」。
家族でピクニックに出かけ、
ひとりだけ森の中に置き去りにされた10歳の少女「ミソラ」。
親に捨てられた。
それでも、家に帰ろうとする。
家に帰るために象の卵を盗み、
象のお母さんに踏みつぶされる「ミソラ」。
読者のわたしは、象のお母さんが卵を大切に思っていることを、卵を盗まれて怒って追いかけてくることを当然のように受けとめていたけれど。
嫉妬の感情がない26歳の「夏帆」と、
「安藤みずき」26歳。
その母たちは、
卵を盗んだものを追いかけるだろうか。
小説の最後は、こんなふうに終わる。
夏帆は縁側に座って、身を振り絞るように泣き続けた。文字通り涙が涸れ尽きてしまうまで。やがて涙がそれ以上出なくなると、立ち上がって洗面所に行き、顔を洗ってタオルで拭いた。そして洗面台の鏡に向かってひとつ大きく深呼吸をしてから、「ミソラの物語」を完成させるためにいつもの仕事机の前に戻っていった。
親と子。
母と、娘。
小説の最後に夏帆が涙を流す意味を、まだ考えている。

