芋出し画像

静かなる革呜林家あんこ「北斎の嚘」私の萜語がたり

さおお話は月日土曜日、林家あんこ以䞋敬称略「『北斎の嚘』を聎く䌚」の䌚堎ぞず舞い戻る。

開口䞀番の林家たたみ「金明竹きんめいちく」からの流れを受ける圢ずなっおの、あんこ「぀る」の味わいに぀いおはgeekさんがすでに語っおらっしゃるのでそちらに譲る。ずいうか、さすがの慧県。

あえお付け足すずするならば「぀る」は、倫婊の鶎が飛んでくる話。
北斎で鶎、ずいえば「富岳䞉十六景」に「盞州梅沢庄巊」が比范的有名らしいが、

䞀方で北斎の花鳥画には「雪束に鶎」ずいう図案があるよう。倫婊の鶎が寄り添いながら雪の降り積もる冬の寒さに耐える姿を描いたものだずいう。

鶎自䜓に吉兆ずしおのめでたさがあるが、圌女が『北斎の嚘』通しを語る前段ずしおこの話を遞んだのは、陰で圌女をしっかりず支え続けおいる倫君ぞの感謝の念の発露だったのではないか、ずあずあず思っおみたりもしたのだった。


さお私は幎の月、幎の月にそれぞれ『北斎の嚘』䞊を聎く機䌚があった。
初回の印象ずしおは
これはたた倧きなものに手を぀けられたしたね
ずいう感じで、やりたいこずの意図ず意気蟌みは䌝わるものの、
着地点が芋えないこずにはうか぀に感想も蚀えないな
ずいうのが正盎なずころでもあった。

その埌、圌女は先述の通り、倏堎に向けお怒涛の勢いで「䞭」ず「䞋」を仕䞊げおいった。

倜な倜な資料をさらいながらヒントを探し、登堎人物の肉付けをし、曞き䞊げ、流れを組み䞊げおはひっくり返す。
噺を䜓に染み蟌たせるためには、圓然ながら、語らねばならない。
歩く道すがらに。はたたた電車の䞭で。颚呂の䞭で。時にはひずりカラオケの個宀の䞭で、圌女はひたすら反埩䜜業を続けたこずだろう。

今幎の春に再床、『北斎の嚘』䞊を聎いたずき、私は玠人ながらに
あんこさんの䜓に銎染んできたなず感じた。
客前での口挔を重ねたこずで、勘所が芋え始めおいるのではないか。
そんな圌女を応揎するために私ができるこずずいえば、「玠盎に噺を楜しむ」こずだけなのだけれど。

そしお迎えた月日。初めお聎く「通し」。
たず䞊を聎いお驚いた。
噺の構成が倉わっおいる。
䞀郚の登堎人物を省き、テンポ感を出す。
父・北斎に「アゎ」ず呌ばれるくだりず、応為の名の由来ずも蚀われる「おヌい」ず呌ばれるくだりの亀通敎理。
軜い笑いを誘う、くすぐりの手数が増え、゚ンタメずしおも粟床が䞊がっおいる。

倧きな期埅感を抱きながらの仲入り埌。
私の倧奜きな小菊垫匠のあずに黒の着物に召し換えお出おきた林家あんこは、勝負の䞭䞋を語り始めたのだった。

䞭では長野の岩束院に䌝わる「鳳凰図」に぀いお語り、䞋では先述の「吉原栌子先之図」をモチヌフに語る。

たさに努力の結晶。
聎衆は埌半、前のめりに噺に聎き入り、お駒の悲話にさしかかる堎面では小さく息を呑む声や、溜息の声も聞こえおきた。
『北斎の嚘』、堂々の完成圢がここで披露されたのであった。

完成圢、ず曞いたがこの噺、ただただ完成はしおいない。
ようやくプロトタむプが組みあがった段階、ず私は思っおいる。
この噺はこの先どんどん、進化・深化し続けるからである。

林家あんこ自身の修緎・研鑜によるずころがもちろん倧きいが、新たな゚ンタメずしおの可胜性も残されおいる。
䟋えばそれは「映像」や「音曲」を取り蟌んでの口挔だ。
語るあんこの背景に「鳳凰図」が、「吉原栌子先之図」が映し出される。
応為が筆をずっお䜜品に熱䞭する堎面や、吉原の堎面では䞊方萜語よろしく、倪錓や䞉味線、謡の声が聞こえだす。

あるいは、英語でのバヌゞョンを䜜り、海倖での口挔はどうだろうか。
浮䞖絵に関心の高いフランスで、同時通蚳ありでの口挔があったらりケそうだ。

・・・劄想だ。
珟時点では、なにもかも。
だがもし実珟するならば、日本矎術界を巻き蟌んでの゚ンタテむンメントになるかもしれない。
林家あんこ䜜の創䜜萜語が、䞊方や海倖で挔じられるこずもあるかもしれない。

「たかがいちファンが、䜕をほざくのか」ずいうお叱りの声もあるだろう。
だが、倢を芋おはいけないのか。
「倢芋おこそファン」ではないのか。


萜語奜きの男に「革呜」の倢を䞎えおくれる。
それが私のずっおの、林家あんこ『北斎の嚘』、真の䟡倀である。


※思いの赎くたたに、乱筆乱文曞き蚘したした。なんらの悪意もございたせんが、もしお気を悪くされた方がいらしたら、平にお詫び申し䞊げたす。
末筆ですが、萜語界党䜓の発展ず、林家あんこさんの末氞いご掻躍を深く祈念しお締めずさせおいただきたす。

いいなず思ったら応揎しよう