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266億円が8,300億円に

266億円で買われたクラブが、19年後に8,300億円

Netflixのジョゼ・モウリーニョのドキュメンタリーを観ています。


2004年、彼がチェルシーに就任した頃の映像なども出てきますが、スタジアムも、記者会見の場所も、いま見るとかなり素朴でした。
その一年前に、ある人物がこのクラブを買っています。

2003年7月1日、ロマン・アブラモビッチ
買収額は1億4,000万ポンド。当時の日本円で、約266億円。イギリスサッカー史上最大の取引でした。
彼は当時46歳。ロシア国外では、ほとんど無名の人物です。
ただし、無名なだけで資産は桁違いでした。当時の推定純資産は約57億ドル、日本円で約6,700億円。石油会社で財を成した、いわゆるオリガルヒ(新興財閥)です。
266億円は、彼の資産の約4%にすぎませんでした。

この買収が決定的だったのは、金額そのものより、後に続いた人たちでした。

2005年:マンチェスター・ユナイテッドで起きたこと
2年後、まったく違う形の買収が起きます。
アメリカのグレイザー家が、マンチェスター・ユナイテッドを7億9,000万ポンド(当時の日本円で約1,580億円)で買収しました。
ただ、この買収は関係者全員に反対されていました。

まず、クラブの経営陣。
当時のユナイテッドは、株式を証券取引所に上場していました。つまり、誰でも株を買える会社だったということです。
その経営陣は、株主に対して「この買収に応じてください」という推奨を最後まで出しませんでした。CEOのデビッド・ギルは、
「負債は破滅への道だ」
サポーターも、猛反対しました。
それでもグレイザー家は、市場で株を少しずつ買い集め続けます。2005年5月、大株主だったアイルランドの実業家2人が28.7%を売却。これで一気に75%を超えました。
そして上場廃止を強行。翌月には98%を取得し、残る株主を強制的に締め出しました。

何が問題だったのか??
7億9,000万ポンドのうち、グレイザー家が自分で出した金は2億7,000万ポンド(約540億円)だけでした。
残りは、マンチェスター・ユナイテッドというクラブそのものを担保にした借金です。

家を買うときに、その家自体を担保にしてローンを組むのに似ています。ただし決定的に違うのは、返済するのが買った人ではなく、クラブだったことです。

その結果、1931年以来ずっと無借金だったクラブに、5億2,500万ポンド(約1,050億円)の負債が乗りました。
2010年には負債が約7億7,800万ポンドまで膨らみ、年間の返済額だけで6,000万ポンドを超えました。

オールド・トラフォード前でマルコム・グレイザーの人形が燃やされ、2005年6月に兄弟が初めてスタジアムを訪れたときは警察と衝突。3人は選手用トンネルから、警察の車両で脱出しています。
一部のファンは、新しいクラブ「FCユナイテッド・オブ・マンチェスター」を自分たちで作りました。

2023年6月、プレミアリーグはこの手法に上限を設けています。借入金による買収は、クラブ価値の約65%まで。同じことは、もうできません。

2008年:シェイク・マンスール

そして、決定的な転換点が来ます。
アブダビ王族のシェイク・マンスールが、マンチェスター・シティを約2億ポンドで買収。
彼はUAEの副首相です。個人資産は約300億ドルと推定されています。
そしてシティ・フットボール・グループを作り、世界中にクラブを持ちました。ニューヨーク、メルボルン、横浜F・マリノス、ムンバイ、ジローナ、パレルモ、バイーア。13クラブ。
マルチクラブという概念を、世界に広げた張本人です。

2010年・2011年:アメリカ資本

2010年:フェンウェイ・スポーツ・グループがリバプールを2億3,040万ポンドで買収。ボストン・レッドソックスのオーナーです。

2011年:スタン・クロエンケがアーセナルを買収。資産は約136億ドル。LAラムズ、デンバー・ナゲッツ、コロラド・アバランチを保有する、世界最大級のスポーツ資産家です。

2021年:サウジアラビアの国家ファンド
PIF(公共投資基金)が、ニューカッスルを3億500万ポンドで買収。
会長はムハンマド・ビン・サルマン皇太子。運用資産は9,250億ドル超。

では、クラブの価値はどうなったのか


ここからが本題です。

| クラブ | オーナー | 買収年 | 買収額 | 現在の評価額 | 倍率 |

| チェルシー | アブラモビッチ | 2003 | £1.4億(約266億円) | £42.5億で売却(約8,300億円) | 30倍 |

| マンチェスター・シティ | アブダビ・ユナイテッド・グループ | 2008 | £2億(約390億円) | £40億(約7,800億円) | 20倍 |

| リバプール | フェンウェイ・スポーツ・グループ | 2010 | £2.3億(約449億円) | £46億(約8,970億円) | 20倍 |

| マンチェスター・ユナイテッド | グレイザー家 | 2005 | £7.9億(約1,540億円) | £53億(約1兆335億円) | 6.7倍 |

| ニューカッスル | サウジPIF | 2021 | £3.05億(約595億円) | £9.26億(約1,805億円) | 3倍 |

マンチェスター・シティは、17年で20倍。
シティ・フットボール・グループ全体の評価額は37億ポンドとされ、その大部分がシティの価値だと見られています。

リバプールは、16年で20倍。

そして2026年、FSGは保有株の3分の1を約14億ポンドで売却する交渉を進めていると報じられました。
3分の1で14億ポンド。クラブ全体で42億ポンドの評価です。買収額の18倍以上を、支配権を手放さずに現金化できる計算になります。

ニューカッスルのPIFは、わずか5年で3倍。

実際に売って、利益を得た例

マイク・アシュリー(ニューカッスル)
2007年に1億3,440万ポンドで買収し、2021年に3億500万ポンドでPIFへ売却。
14年で約1億7,000万ポンド(約333億円)の差益です。

ただし在任中に2度の降格を経験し、サポーターの抗議は絶えませんでした。
成績が伴わなくても、クラブの価値は上がりました。
これがプレミアリーグの構造です。放映権が伸び続けるので、クラブの資産価値そのものが上がっていく。
リーグ全体の価値は147億ポンドと評価され、そのうちビッグ6が109億ポンド、74%を占めます。
クラブを持つこと自体が、投資として成立している。

そして、アブラモビッチの結末

2022年、ロシアのウクライナ侵攻を受けて資産を凍結され、売却を強いられました。
トッド・ボーリー率いる陣営が、42億5,000万ポンド(52億ドル、約8,300億円)で買収。
スポーツチームの売却額として、それまでの記録(2020年のニューヨーク・メッツ、24億ドル)を大幅に更新しました。

ただし、内訳が重要です。

25億ポンド:株式の取得分
17億5,000万ポンド:新オーナーがクラブに追加投資することを約束した分
そして株式取得分の25億ポンドは、イギリスの凍結口座に入りました。

アブラモビッチは「全額を慈善事業に寄付する」と表明しています。送金には英政府の承認が必要で、彼自身は1ポンドも受け取っていません。
30倍になったのに、売った本人の手には何も残りませんでした。

この20年で起きたこと
2003年、ロシアの無名の富豪が266億円でクラブを買った。
そこから、アメリカの投資家が、UAEの王族が、サウジの国家ファンドが続きました。
外国資本比率は、1992年の15%未満から50%超へ。
そして、買われたクラブの価値は20倍にも30倍にもなりました。成績が悪くても、です。
プレミアリーグのクラブは、いま世界で最も確実に値上がりする資産の一つになっています。

アブラモビッチが最初に示したのは、そういうことでした。

ここにアフリカの富豪たちも挑もうとしていますが、いつ買収できるのか、そしてそもそも買収承認がおりるのか。

ON AFRICA

出典:アブラモビッチの買収額・資産・売却の経緯はBBC、Forbes、AFP。グレイザー家の買収の詳細はSky Sports、BBC、Gulf News、Goal.com、SportsKhabri。レバレッジド・バイアウトの規制はSky Sports。クラブ評価額はSports Illustrated(2025年12月)、GiveMeSport、This Is Anfield(Forbes 2026年5月時点)。リバプールの3分の1売却交渉はThis Is Anfield。マイク・アシュリーの買収額・売却額はBBC。リーグ全体の価値はリバプール大学Kieran Maguire氏の研究。チェルシー売却の内訳はAFP、チェルシー公式声明。外国資本比率はFront Office Sports。円換算は当時のレート(2003年1ポンド≒190円、2005年1ポンド≒200円)および現在の1ポンド=195円の概算です。

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