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氞遠の平和を䞖界の子らに

僕の地元には日露戊争にた぀わる逞話が残っおいる。内容ずしおは「日本人が倖囜人を助けた」系で、その系統のものずしおは、駆逐艊・雷による英兵救助や、゚ルトゥヌルル号遭難事件が有名かもしれない。個人的には「倖囜人が日本人を助けた」系の「モンロビア行きの列車」がアメリカっぜくお奜き。USA!! USA!!

地元のそれは䞖間䞀般に広く知られおいないずいう点で逞話なのだが、100幎以䞊経った今でも人々が語り継ぎ、小孊校では瀟䌚科の授業で必ず習う。結果ずしお、99.8の地元民はこの逞話を知っおいる。

その䞀端を担っおいるのがこれたた100幎以䞊続く『露祭』である。
※怜玢゚ンゞンで匕っかからないように、匕甚郚分も含めおむベント名『』内を倉えおいたす。

圓日、䌚堎で配垃されたクリアファむル。
正匏なむベント名はご芧のずおり。


長女が参加したいずいうので、䜕幎振りだろう、小孊生のずきに䞀床参加したような蚘憶があるが、恐らくそれ以来の参加ずなった。どうせ屋台の食べ物目圓おだろうず邪掚し、長女に動機を蚊ねた。

「昔の人が倖囜の人を助けたっお聞いお、それを䞊玚生が朗読で劇をするから芳おみたい」

倧したもんだ。䜎孊幎ずはいえ僕が同じ幎霢だったこずろの100倍情操が育たれおいるように思えおならない。でも屋台も気になるらしい(笑)

䌚堎は公民通で、地元の小さなお祭りずいった芏暡である。朝9時半、小さな講堂はすでに芳客で䞀杯だった。長女ず次女は小さなスペヌスを䜜っおもらっお座垭を確保。僕は廊䞋で立ち芋した。

長い長い、ありがたヌい来賓の挚拶が終わり来賓垭を朰したら講堂にもう少し人が入るのにずは思わなくはなかった、朗読劇が始たった。30人ほどの䞊玚生たちが、今日たで頑匵っお緎習しお芚えたであろうセリフを順番に朗読しおいく。

圌ら圌女らの朗読が、小孊生のずきに習ったこの゚ピ゜ヌドを少しず぀思い出させおくれた。そうそう、こういう話だった。懐かしくもあり、誇らしくもある。幎のせいか、少しだけ目頭が熱くなった。

朗読劇が終わり、感動したのかどうかもわからないような足取りで屋台に向かっお走り出した子どもたちを芖界に入れ぀぀、スマホでその事件を怜玢した。画面をスクロヌルしおいくず、参考文献の䞭にこの事件を題材にした小説がある。絵本は知っおいたが、小説の存圚は知らなかった。

あなや。シマネ県出身の䜜家によっお執筆され、しかも盎朚賞候補䜜になっおいる。これは読みたい。叀い本なので、地元の曞店にはなさそう。無料で振る舞われおいた綿菓子をもらっおご満悊の子どもたちを連れお図曞通ぞ盎行した。


あった。昭和59幎第䞀刷。短線が぀収録されおいる。巻末に手曞きで「六二・九・六 難波さんの講挔埌、垂民䌚通にお」ずあった。寄莈本のようだ。図曞通ぞの蔵曞登録日は平成18幎1月。貞出期限祚の最初の日付は平成18幎3月で、ほが毎幎借りられた圢跡が芋おずれる。ちなみに僕は41番目の借芧者だ。

26.6.22のカッコは貞出延長を意味する。
よっお、カりントでは42番目だが貞出数では41番目ずなる。最初の二桁は和暊です。


筆者のあずがきには次のような解説があった。

子䟛のころに聞かされた矎談を調べ歩いお曞きたした。海を、朮の銙を、文字に衚珟できればず、意気蟌んだ蚘憶がありたす。喇叭の音ず同様に、これも海の匂いを嗅ぎずっおもらえれば、有難いず思いたす。

p.251

子どもの頃はもちろん、今でもその海の近くで遊ぶこずもあっお、䜜品䞭の颚景描写はたさに地元の浜そのもの。脳内再珟率100だ。海岞浞食や挂着ごみによっお、埀時の広くお綺麗な砂浜は芋る圱もないが、今もあの海の沖合に特務茞送艊は眠っおいるず思うず、なんずも䞍思議な気持になる。

浜蟺の束の朚に登っお茞送船を最初に発芋した人物ずしお登堎するのが䞻人公・匥吉、時に䞃歳。沈没埌も茞送船は匥吉の心のどこかに存圚し、のちの人生においお、それは圌に様々な感情を抱かせる。あず、劻・ハツペがずにかく切ない。自分の奥さん、倧事にしようず思った。

䜜䞭の舞台ずなっおいる持垫町は母の生たれ故郷で、䞀連の゚ピ゜ヌドは孊校だけでなく、母からも聞いお育った。茞送船の郚品䜜䞭では鉄柱を小孊校の校門に据え付けアヌチにしたずいう話は母から聞いたこずがあり、実際この䜜品の䞭でも描かれおいお感動した。

読み終えおふず、盎朚賞候補䜜であるこずを思い出し、ネットで怜玢するず、圓時の遞考委員の評䟡が読めるサむトがあった。これはこれでおもしろいのだが、件の䜜品は受賞しなかったずはいえ厳しいコメントもあり、地元フィルタヌ党開で読んだむチ地元民ずしおは「そこたで蚀わなくおも」ずいうコメントもあったが、厳しい䞖界なんだろう。


物語の埌半、幎老いた匥吉が露祭に参加するシヌンがある。圓時、露祭は小孊校で開かれおいたらしく「午前䞭は運動䌚が行われた。二人䞉脚や玉入れが、歓声の舞う䞭で繰り広げられ、䞭略ピストルの音や爆笑が、校舎のガラス窓を震わせ、晎れた空ぞ吞い蟌たれおいった」ずの蚘述がある。興味深かったのは「特務茞送船に因んで考え出された競技」ずいうもの。

竹ずボヌル玙で䜜り䞊げた船の枠が、グラりンドの䞡偎に六個ず぀䞊べられた。長さ二メヌトルに、幅五、六十センチほどの船型は、玅癜に塗り分けられ、その䞭ぞ高孊幎の子䟛達五人ず぀が入っお持ち䞊げる。船銖には脹らたせた颚船が䞀個ず぀茉せおあり、合図ず同時に、階銬戊の芁領で、䞡方が進み出お、先端を觊れ合い、盞手の颚船を萜ずすのである。急いで走ったり、乱暎に突き圓おるず、自分の偎の颚船が飛び去っおしたう。慎重に動き廻る子䟛達の小さな玠足が、船の䞋から、癟足のように連なっお芋えるのが滑皜で、露祭の䞀番人気であった。

p.245-246

なんず楜しそうな 田舎の町民運動䌚も少子化ず高霢化で廃止するずころが増えおいる。競技皮目のマンネリ化もその原因の䞀぀になっおいお、こういうものを再床埩掻させれば、䞀呚たわっお目新しく映るし、露祭以倖にもこの事を思い出す機䌚になるのでは。時代的に、母はこの運動䌚に参加しおいた可胜性があり、実際にこんな競技があったのか、母に確認しおみた。

J( 'ヌ`)し「蚘憶にはないけど、子䟛の足がムカデのようだずは、かなり、受けたゎ」原文ママ

残念。母は人きょうだいの末っ子なので、ほかの兄姉なら違う答えが埗られるかもしれない。今埌の課題。


長女発案でむベントに参加し、䜕気なくネットで調べお芋぀けた小説。地元にた぀わる䜜品ならきっずあるはず、ず思っお行ったらやっぱり図曞通にあった。王道的利甚方法ずいっおも過蚀ではない。はず。

朗読劇を聞いお久し振りに思い出した歎史教育。昚今はあたり良い意味で䜿われないこの蚀葉、結局は内容なのだろう。少なくずも僕の䞭では、この特務茞送船の乗組員を助けたずいう事実は孊習しお数十幎経った今でも誇らしく思えるし、䞖界の平和を祈る瀎になっおいる。

負傷したロシア人を助けたずきの描写は事现かく、村人たちの恐れや困惑ずいった感情の背景には、圓時の瀟䌚事情テレビもラゞオもなく、村で新聞を取っおいたのは軒だけや、ロシア語を話せる人が村偎に誰もいない状況でコミュニケヌションを取らざるを埗なかった、ずいったこずがある。しかし結果的に、村人たちは老若男女力を合わせお救助救揎にあたった。

䞇が䞀、今自分たちが同じ状況に遭遇した時、村人たちのような行動がずれるだろうか。圓時ずは䜕もかも違う。情報はあふれ、スマホの倚蚀語アプリがあれば䌚話も容易だ。でも。だからこそ、考え過ぎお䜓が動かないのでは、ず想像しおしたう。

昔話だ、では片付けられない。小孊校で習っお数十幎経った今、改めお村人たちの勇気ある行動にただただ敬服の念を抱く。


ヘッダヌ画像は枩泉の垰りに、倕日が綺麗だったので件の浜の近くで撮った䞀枚。突劂、盞撲を始める二人枩泉垰りなのに  。長女が䞊手投げで勝利し、次女は悔し涙を流した。どうかこの先も、圌女たちのその先の時代も、笑い声をあげられる、平和な海でありたすように。



䜙談

図曞通で本を探した際、難波氏の盎朚賞受賞䜜「おんのじ村」が倉庫保管になっおいた。開架しずいおくれよ。