新宿(1)
深夜。ビルの最上階にあがる。誰もいない。明かりは非常灯だけ。役員会が行われる大きな会議室の片隅に、落ち着いたえんじ色のソファがある。私はそこに腰掛け、ゆっくりと呼吸をする。窓の外に目をやると新宿の街がキラキラ輝いている。
ポーンと音が鳴り、エレベーターの扉が開く。警備員さんがこちらへ近づいて来る。私はそれをぼんやり見ている。
「織部さん、お疲れ様です。まだお仕事ですか?」
警備員さんは優しく声をかけてくれる。
「こんなところにいないで、さあ、降りましょう」
促され、仕方なく階下の職場に戻る。
戻ると上司はまだ仕事をしている。私の机も書類が広がったままだ。食べかけのバウムクーヘンは夜食にと上司が買ってきてくれたもの。他の社員にはパンやおにぎりなのだが、私にはいつもバウムクーヘンを買ってきてくれる。
「百合子ちゃん、そろそろ終わりにするかー」そう言って上司はぐったりしている。「もう俺、死んじゃいそう」
私だって同じだった。家には夫がいて、私の帰りを寝ずに待っているはずだ。
地下一階に降りて社員通用口を出るとタクシーがいるので乗り込む。
「外苑から首都高に乗って……」と行き先を運転手に伝える。
湾岸線に入り横浜まで帰る。途中、レインボーブリッジや消灯した東京タワーが見える。私は後部座席にぐったりと横たわるようにして深夜の景色を眺めていた。その時間だけだった。私が緊張から解放される時間は。
毎日のようにタクシーを使っていたので、たまに同じ運転手に当たると、タクシーチケットと引き換えに名刺をくれた。またお願いしますと。
買ったばかりのマンションの敷地に到着すると、私の心臓は鼓動を速める。肩が緊張し、手には汗がにじむ。
玄関の鍵を静かにカチャリと回す。
思った通り。午前2時、夫はダイニングテーブルの椅子に座っている。おかえりともなんとも言わず、私の帰りを確認するなり寝室へと入っていく。
私は雑にシャワーを浴び、夫とは別の寝室で眠った。
翌日も朝7時前に家を出なくてはならない。そんな生活が長く続いていた。
◇
私にとって新宿という街は少し特別だ。
今日からその話を、細切れにはなるが書いていこうと思う。
2026年8月23日(日)。
ハルさんからしりとりゲームが回ってきた。
このバトンの締め切りは本日。
本当にギリギリになってしまった。しかも続きもの。
(昨日書いたしりとり記事はちょっと気に入らなかったので消しました)
