No.2033 海の日に寄せて
父恩者高山 父の恩は山より高し
須弥山尚下 須弥山尚(なを)下(ひく)し
母徳者深海 母の徳は海よりも深く
滄溟海還浅 滄溟の海還(かへ)つて浅し
(父の恩は山より高いものです。
それは須弥山さえも下におくほどです。
母の徳は海よりも深いものです。
それは海原さえも浅く感じさせるものです。)
『童子教(どうじきょう)』は初等教育の教訓書で、鎌倉時代中期の作とされ、現存する最古の書写は、南北朝時代(1377年)のものと言われているそうです。今から650年も前の言葉です。その中に、
「父の恩は山より高し」
「母の徳は海より深し」
と書かれている訳ですから、何と鎌倉期に既にあった言葉なのですね。
今日は「海の日」です。1995年(平成7年)に制定され、翌年から施行された国民の祝日。制定当初は7月20日でしたが、2003年(平成15年)の祝日法改正(ハッピーマンデー制度)により、7月の第3月曜日となりました。
三好達治(1900年~1954年)の詩「郷愁」(1934年)の一節に、
「――海よ、
僕らの使う文字では、
お前の中に母がいる。
そして母よ、
フランス人の言葉では、
あなたの中に海がある。」
があります。
「僕らの使う文字」すなわち、漢字の「海」に「母」の字を見ることが出来ます。そして、フランス語では、「母」(mere)のつづりの中に「海」(mer)の字が含まれているのですね。この発見の驚きは、快いものだったのではないでしょうか。私なら、へーボタン乱打です。
三好達治は、現在の京都大学(旧、第三高等学校)でフランス語(文科丙類)を学んだそうですし、翻訳家でもあったことから、言葉に対する感覚は特に鋭かったと思われます。
「海の日」に寄せて、三好達治が詠んだ92年前の気持ちを追体験しながら、「海」と「母」の関係についてつづってみました。
海のない信濃国に生まれ、3歳の時に母を失った俳人・小林一茶(1763年~1827年)は
「亡(き)母や海見る度に見る度に」
の句を「七番日記」(48歳から56歳までの9年間にわたる句日記)の中で詠んでいます。大きく優しく抱かれるようで、寄せては返す波が、揺り揺られる母のかいなを思わせる海のイメージが母親と重なったのかなと思っています。
一茶には、永遠に憧憬する母親像であったろうと想像されますが、ひょっとしたら、一茶も「海」の中に「母」の字を読み取っていたのではあるまいかと考えるのは、深読みに過ぎるのでしょうか。
想像にしかすぎませんが、私は、小林一茶から三好達治への心の軌跡をなぞっています。
※画像は、クリエイター・ももろ illustrator 絵本さんの、タイトル「海の日」の1葉をかたじけなくしました。ファンタスティック!お礼を申し上げます。
