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No.2042 共に生きる

それを、わが秘帖「人生の音」(「人生ノート」の駄洒落です)に、いつごろ書いたものだか、記憶にありませんでした。しかし、改めて読み直して涙腺が緩んだのは、私の年齢と無縁ではなさそうです。

『万葉集』巻七・1411番は、「挽歌」(人の死を悼む歌)です。
「福 何有人香 黒髪之 白成左右 妹之音乎聞」
「幸(さき)はひの いかなる人か 黒髪の 白くなるまで 妹が声を聞く」
(どのような幸せな人が、黒髪が白くなるまで妻の声を聞くことが出来るのだろうか。)

直接に妻の死を悲しんでいる歌ではなく、間接的に共白髪で年老いた幸せな夫婦を羨む歌を詠むことで、亡き妻を哀惜しているのでしょう。

作者は、理由は不明ですが、早くに妻を亡くした老人であり、眼前に共白髪になって連れ添う老夫婦を見て、羨ましさがこみあげてきたのでしょう。己の叶わなかった共白髪の人生への嘆きや溜め息が、漏れて伝わって来そうです。奈良時代に共白髪の夫婦など、珍しかったとしか思われませんが…。

もちろん、夫婦が共に居ても、必ずしも幸せか否かは、当人たちにしか分からないことでしょう。それでも、老いにさしかかり、しみじみと胸に染み共感してしまう歌ではないかと思います。幸福の価値や意味は、失ってから気づくもののようです。人間は、度し難い生きものですね。

昨日、午後4時27分過ぎ、いきなりメールの「緊急地震警報」の不快音が鳴り響きました。と、ほぼ同時に家が揺れ始めました。

カミさんも私も1階の間に居ましたが、大きい横揺れが思いのほか長く続きました。私は、柱を掴んだまま、状況次第ではいつでも二人そろって走って逃げ出せる態勢を取りました。大きくテレビ画面に「熊本、震度7」の地震情報のテロップが映し出されました。

私の住む大分市は「震度4」でした。そのレベルでも、このままでは危ういかもしれないと思うほどの地震でしたから、熊本の方々の恐怖はいかほどだったかと想像されました。余震の不安に、眠れぬ夜を過ごされた方々も少なくなかったのではないでしょうか。

平凡な毎日と言うかもしれませんが、普通であること、当たり前であることの、何と有り難く、何と素晴らしい事でしょう。

しかし、その実は、一歩間違えば大きな危険と隣り合わせの中で日々生活していることに気づいていないだけなのかもしれません。

言い古された言葉ですが、平凡に見えて、実は非凡な中で生きていたことを実感した思いでした。妻と分け合えたことで、恐怖が一人の時よりも軽いものに感じました。

そのように、何事も分け合えるはずの大事な人・愛しい人と、共白髪になるまで添い遂げられなかった思いを詠んだ1300年も前の男の気持ちが、少しわかる気がしました。

カミさんの笑顔に、久しぶりに気付いた気もしました。


※画像は、クリエイター・さくらさんの「仲良し老夫婦」の1葉をかたじけなくしました。お礼を申し上げます。