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初代FF7 開発メモ① 

FFⅦプロローグ

FFⅦとは..

ファイナルファンタジーのナンバリングタイトルの7作目にあたります
今は開発スタッフですら内容を全く知らない人も居ます

クラウドとは?

殆ど知られていませんが..

実はFFⅦの開発期間は1年でした

僕が制作したクリエイティブはFFⅦの体験版に

組み込まれました

(勿論、製品版にもあります)


僕が最初に制作したシーンは魔晄炉です


魔晄炉:生まれて初めての3DCG制作でした

今の若い世代は知らないと思いますが..^^;

魔晄炉

当時のFFⅦのリリース予定日は1995年12月末

実際にリリースしたのは1996年1月31日

本当にあの時代、あのスピードで開発、リリース出来たのは奇跡..というか


関わった制作陣は自分含め、大きな成長と財産、そして人生の転機になったのは間違い無いです

そんな開発秘話を思い出と感謝の気持ちを込めて記載していきます

感謝

FF7の開発前夜

少し話は遡ります


開発前夜

社屋も恵比寿ISビルから
目黒アルコタワーに移転した時期でした


アルコタワー

僕はクロノ・トリガーの開発後
サテラビューSFC、そしてFFⅦの開発へ

サテラビューを知らない世代へ↓(画像)

開発1.5か月

アルコタワーに移転し

給与が高い人が窓際に座るというシステム!

これはSさんが競争意識を高める為に作った

今では考えられないけれど…当時は納得してしまった

またこの時期は

SFCの次の「次世代機」が登場した時でした

次世代機:ゲーム業界は群雄割拠でした

つまり、どの次世代機ハードでFFⅦを制作するのか?

と言う事ですね

そうそう、クロノ・トリガー2の制作もあるよね

クロノ・トリガー2とFFⅦと

チームが分かれました…

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
うーんこの辺を語るとアレなので割愛..

今でも覚えている、驚愕の事ありまして

驚き

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

Sさん

「粘土で作ってもいいぞ」

「なるほど..クレイで作ってそれを取り込んでクリエイティブを表現するって事か..」
結局

初めて社内で3DCGで制作する事になりました

FFⅦの開発機材

SGI INDIGOマシン

高い、PCだけで200万~500万(1人)

ソフトはAlias PowerAnimator
Mayaの前身

この3Dソフトも200万です(1人)


勿論、全部英語、マニュアルなんて無い
インターネットも繋がっていない

「使えないヤツはチームから外すからな」

「環境は用意した。後はアウトプットだせよ」


出来んだろ?

「た、確かに…年収よりも高い金額のPCを与えられたのだ..」
嬉しい反面、これはかなりプレッシャーでした

アウトプット出来なければ、チームから離脱を余儀なくされ、
開発推進室(席が存在するのみ)に送り込まれるのを意味します

その部屋に居ると給与は最低賃金まで下がるらしかった

初めての3DCGでUNIX、Windows版なんて無い
Windows95がリリースされたばかりで
SCEのPSのデバステも「RGB」のRが強く出てしまい
中々表示するのにも苦労した

インターネットを利用出来る人は社内で数人
これも給与Gランク以上で無いとインターネットに接続の申請の許可が降りないのだ..

この3DCG、拡張子が「.sgi」とか「.wir」とかでした
保存はDATで保存


で、自分が制作するのは
「魔晄炉」
体験版に組み込まれるシーンでした

1995年12月中旬に
Sさんが「1月の初号のジャンプにFFⅦの開発載せるからな」
「2週間で出来んだろ?」

環境は用意したぞ?

やばばば。

3DCGの使い方、ネットもマニュアルも無いので
触って覚えるしかない。


でもポリゴンでは無くNURBUSというカープでSurfaceを作って行きました
泊まり確定でした。いや、凄く楽しくて..

因みにこの時代の数百万のマシンスペックです

10年前のガラゲーのほうがスーパーコンピューターだな..

こういう画面でTextureなんて、勿論表示出来ません

次回、当時のFFⅦの紙面と..


FFⅦの開発が始まって、間もなく世界を席巻するゲームがリリースします..

そのゲームもFFⅦの開発にとても刺激になりました

彼らスタッフの年齢も20代、前半でした

続く..

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