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ミヤコワスレ

 あの窓辺に、ミヤコワスレが咲いていた。小さな鉢に四、五輪の花をつけ、春の日射のなかでスンスンと呼吸していた。足利の喫茶店。ひんやりとした春だった。

 当時の私にとって、それはぴったりの名前の花だった。その時の私は、都を去って、北陸のとある街へ行くことを決心していたからだ。翌年の春、私は一人その街で暮らした。結局、その街で私は微熱に魘され続け、本業を差し置いて短歌や詩を作った。そして、やるべきことを放棄して、その街の美しい図書館に入り浸ったり、川沿いをよく散歩したりした。遠くの雪化粧した山々と花盛りの桜並木が、今でもぐねぐねの夢のように私の脳に刻まれている。下宿で毎朝出てくる目玉焼きのツヤも、どこか偽物ぽかった。

 変な春だった。あの春は絶対に狂気と背中合わせだった。何をするにも、いちピース欠けたような切なさ。心許なさ。それでいて、あれほど確かな(将来の)夢も案外簡単に手放せた春。優しい人に手紙を書いては、返事など来ずとも良いと強がっていた春。下宿を訪れた業者と分け合った苺の甘さ。切なくても不安でも、詩歌を書けばなんとかなっていたお伽話のような日々。それは少し肌寒いあの街ならではのお話だ。

 あの喫茶店に咲いていた、ミヤコワスレのことを何度も思った。あの花はあれだけ私の背中を押したのに、私はもう帰る準備をしている。今も思う。あの時の決意も、まさに空虚な言語だったのだ。


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