【聖教序】とは<集字聖教序/雁塔聖教序>
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「聖教序(しょうぎょうじょ)」という言葉を聞いたことがありますか?
書道の世界ではとりわけ、「集字(集王)聖教序」「雁塔聖教序」が有名ですが、一体これらは誰が何を書いたものなのでしょうか。
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「聖教序」と「玄奘三蔵」
「聖教序」は、広義には、中国において仏典の新訳(翻訳)に対して、皇帝がその功績を称えて書いた文章のこと。
特に、唐の僧侶・玄奘がインドから持ち帰った仏典をサンスクリット語から翻訳した功績を称えて、唐の太宗皇帝(李世民 599-649年)が書いた文章が最も古く名高いものとして知られています。※改訂新版世界大百科事典より
▼玄奘(げんじょう 602-664年)
唐代の訳経僧(やっきょうそう 経典の翻訳に従事する僧)
玄奘は戒名。法師、三蔵などは尊称。
629年、シルクロード陸路でインドへ。巡礼や仏教研究を行い、645年に経典657部や仏像などを持って唐へ帰還した。『大般若経』『般若心経』などの仏典をサンスクリット語から漢訳したのも玄奘が行った大きな功績の一つ。

日本では、中国の古い小説『西遊記』が有名で、その登場人物である「三蔵法師」を固有名詞と思っている人が多いですが、「三蔵法師」自体はたくさんいて、その中の有名な人が「玄奘」です。(ちなみに実写の『西遊記』では夏目雅子が三蔵法師を演じたが、実際の三蔵法師は男性)

孫悟空、猪八戒、沙悟浄、三蔵法師(後ろの人)
◎三蔵
経蔵・律蔵・論蔵の三つの教えに精通した僧侶への称号〔一般名詞〕
※のちに訳経僧全般を指すようになる
◎法師
仏法を説く僧侶の尊称〔一般名詞〕
◎玄奘
人物名(戒名)〔固有名詞〕仏典の大翻訳家
そして、数多いる三蔵のひとり、玄奘三蔵がインドから持ち帰った仏典の翻訳の功績を讃えて唐の太宗皇帝が書いたのが『大唐三蔵聖教序』。(「大唐」は、唐の美称)

そして、現在に伝わる聖教序の中でとりわけ有名な2つが、
『雁塔聖教序』
『集字聖教序』
です。
雁塔聖教序(がんとうしょうぎょうじょ)
『大唐三蔵聖教序』を褚遂良が楷書で書写し、大慈恩寺(西安市)の大雁塔という仏塔にはめ込まれている碑のことを『雁塔聖教序』と言います。

▼「雁塔」とは
太宗の後の高宗の時代(652年)に、玄奘がインドから持ち帰った経典や仏像などを保存するため建てられた7層64mの仏塔(半壊、再建を経て現存する)。
※「雁塔」の名前の由来(説話)
飛んでいる雁の群れを見ていた僧が「あの雁食べられたらなあ」と言うと、一羽が空から落ちてきた。そこにいた僧たちは「この雁がむやみに殺生することの戒めを教えてくれた」としてその雁を塔の下に埋めたことによる。

(出典:Wikipedia)
『雁塔聖教序』は二つの碑からなります。
①太宗皇帝が文章を書いた「大唐三蔵聖教序」
②皇太子・李治(のちの高宗)が文章を書いた「大唐述三蔵聖教序記(述聖記」
およその高さが2.5㎝、幅が1m(×2基)のとても大きな碑です。

(出典:文化遺産オンライン)
『雁塔聖教序』の書の特徴
書としてとても名高い、褚遂良の『雁塔聖教序』(653年、58歳のとき)。欧陽詢の『九成宮醴泉銘』と並んで、楷書の洗練された美を最も表しているものと言っても過言ではありません。
※『九成宮醴泉銘』は「端正・鋭利」、
『雁塔聖教序』は「優美・しなやか」と言えましょう。
楷書体だが、行書の筆意がある
全体的に細身であるが、太細が豊富に含まれ、線が豊か
とげとげしくはないが緊張感があり、穏やかさ・ゆったりさも共存
長い横画ののびやか・しなやかさ(筆のバネを利用した書き方)
『雁塔聖教序記』は『雁塔聖教序』に比べるとやや膨張していて締まりがない(?)


▼褚遂良(ちょすいりょう 596-658年)
初唐の三大家(欧陽詢・虞世南・褚遂良)のひとり。唐代の政治家・書家。
楷書を最も洗練させた3人として名高いが、褚遂良は3人の中では最も年下で、欧陽詢・虞世南の書法を吸収・融合し、褚法を編み出した。
細身のしなやかな線は、のちの北宋・徽宗の「痩金体」に影響を与えたと言われている。


集字(集王)聖教序(しゅうじ(しゅうおう)しょうぎょうじょ)
もうひとつ、『大唐三蔵聖教序』の文章を書いたもので、書道古典として有名なのが行書で書かれた『集字(集王)聖教序』。

▼集字とは
書作の際に、古典から手本となる文字を集める作業。『集字聖教序』に限らず、現代でも書道の世界では広く行われる。
※王羲之の文字を集めたものなので「集王聖教序」とも言う。
書聖・王羲之(303-361年)の書として重宝され、書道の必須古典として学ばれますが、実は王羲之が書いたものではありません。・・・というとやや語弊がありますが、
【文章】→太宗皇帝(『雁塔聖教序』と本文は同一)
【文字】→王羲之
【集字・構成】→沙門懐仁(さもんえにん 生没年不詳)
もともと唐の太宗皇帝は王羲之の書をとても好んでいたので、王羲之の書から集字したコピーを数多く作らせており、王羲之の文字はこの時代にもとても価値の高いものでした。
『集字聖教序』は、
『大唐三蔵聖教序』+『述聖記』+『般若心経(玄奘訳)』などで構成されており、王羲之の書から行書のみを拾い出して、できるだけ自然な書となるように文字が配置されました。ものすごいコラージュ作品・・・!完成まで20年以上もかかったのだとか・・・!(碑が建ったのは672年)
『集字聖教序』の碑(高さ約3.5m、幅約1.1m)は、西安碑林に比較的状態の良く現存しています。
※王羲之の集字で作られた碑は他にもあり、『興福寺断碑』など。

「弘福寺 妙門懐仁 晋右将軍王羲之書集」

(出典:文化遺産オンライン)
『集字(集王)聖教序』の書の特徴
王羲之の嫌味のない優美な文字(線がしなやかで柔らかい)
端正だが、どことなく遊びが感じられる懐の広い文字
王羲之の文字から抜き出して恣意的に文字を配置しているため、全体の自然さにはやや欠ける
一字一字が名品であり、究極のコラージュ作品と言えます。
まとめ
唐の僧侶・玄奘が仏教を学びにインドへ。
持ち帰った仏典等を翻訳。
その功績を讃えるべく唐の太宗皇帝が『大唐三蔵聖教序』(①)の文を書いた。
皇太子(のちの皇帝・高宗)も『大唐述三蔵聖教序記(述聖記)』(②)を書いた。
①+②を褚遂良が書写、『雁塔聖教序』の碑が建立。この書が褚遂良の最高傑作となる。
また、僧侶・懐仁が①+②+「般若心経」などを加えた文章を、過去の王羲之の文字から抜き出して作ったのが『集字聖教序』。王羲之の書を学ぶ古典として現代にも愛され続けている。
参考:『中国書法選34 雁塔聖教序』、『中国法書選16 集字聖教序』二玄社、『マンガ書の歴史【殷~唐】』魚住和晃
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