🏛️世界史講義:フランス革命の展開と激動の共和政
🌋革命を後押しした異常気象
🌍地球規模の火山爆発:1783年、アイスランドのラキ火山と日本の浅間山が大爆発を起こしました。
🌫️「乾いた霧」の正体:火山灰が北半球を覆い、気温が低下。ベンジャミン・フランクリンもこの異常な「乾いた霧」を観測しています。
🥖パンの価格高騰:数年間の異常気象で小麦が不作となり、1789年7月14日には小麦の値段が最高値を記録。これが民衆の怒りに火をつけました。
🎾議会の誕生と「球技場の誓い」
⚖️三部会の決裂:第三身分(平民)は、自分たちに不利な三部会を拒否し、自ら「憲法制定国民議会」を結成します。
🤝テニスコートの誓い:球技場に集まった人々は、憲法ができるまで解散しないことを誓いました。これは、できたばかりの合衆国憲法の影響と、ルソーの「一般意志」の思想(みんなの意見で国を動かす)がベースにあるとされています。
⚔️暴力の始まりと人権宣言
🏰バスティーユ要塞襲撃:1789年7月14日、食料難に喘ぐパリ市民が暴徒化。暴力的な革命の幕開けとなりました。
📜人権宣言の採択:ラファイエットらが起草。「人は自由かつ平等に生まれる」と謳い、フランス人だけでなく「人類全体」を主語にした点が非常に画期的でした。
🏃♀️ヴェルサイユ行進:10月、パンを求める女性たちがヴェルサイユ宮殿へ押し寄せ、国王一家をパリへ連行しました。
👑国王の逃亡と信頼の失墜
💨ヴァレンヌ逃亡事件:1791年6月、国王一家が王妃マリー・アントワネットの実家オーストリアへの逃亡を図り、失敗。
💔不信感の爆発:国民は「国王は国を見捨てた」と確信し、それまでの敬愛が一気に不信感へと変わりました。
⚔️戦争の開始と「八月十日事件」
⚖️立法議会の成立:1791年に憲法が制定され、新たに立法議会が発足。ジロンド派が優勢となります。
⚔️オーストリアへの宣戦:王妃の実家側との戦争が始まりますが、貴族の指揮官がやる気を見せず、フランス軍は連戦連敗しました。
🛑八月十日事件:市民と義勇軍が宮殿を襲撃し、国王を捕らえて幽閉してしまいます。これにより国王と国民の関係は不可逆的に悪化しました。
🪓共和政の成立と恐怖政治
🗳️国民公会の発足:1792年、男性普通選挙による国民公会が成立し、王権を停止して共和政(第一共和政)が宣言されます。
👑ルイ16世の処刑:1793年1月、国王はギロチンで処刑されました。
👺ロベスピエールの独裁:ジャコバン派のリーダーのロベスピエールが実権を握り、反対派を次々と処刑する恐怖政治が始まりました。
📅過激な改革:封建的特権の無償廃止、メートル法の導入、キリスト教を否定する「理性の崇拝」、革命暦の採用など、伝統を破壊する急進的な政策が強行されました。
💡以下、無用のことながら
🇯🇵浅間山の火噴き:日本の浅間山噴火も「天明の大飢饉」の原因となり、田沼意次の政治を終わらせるきっかけになりました。地球は繋がっています。
👔サン・キュロットの意地:貴族の正装「キュロット(半ズボン)」を履かない(履けない)貧しい平民たちは、自らを「サン・キュロット」と自称し、誇りを持って戦いました。
📐地球を測った人々:当時の科学者たちは北極から赤道までの距離を測り、その1万分の1を「1キロメートル」としました。今でも使っている単位のルーツは革命にあります。
🪓ギロチンと国王:皮肉なことに、苦しまない処刑道具「ギロチン」の刃を「斜めにした方が首がよく切れる」と改良を提案したのは、機械いじりが好きだったルイ16世自身だという説があります。
