まさか自分が土器を拾うことになるなんて!歴史を紐解くツアーが面白すぎた!
歴史を探求する扉が開いた。
歴史にはロマンが詰まっている事を知る日になった。
歴史は学校の科目であり、あった事を学んでもちっとも面白くない。
なーーーんて思っていたら、全然そんなことなかった!
森林セラピーのスキルアップのため、
教育委員会文化財保護課の方と巡る
「北本文化財ツアー」に参加。
埼玉県北本市は、大宮台地の縁にあり
関東最大の環状集落として1500年もの間集落として存在した
デーノタメ遺跡がある場所。
他にも日本五大桜のひとつである
石戸蒲桜があったり、
この蒲桜は世界に1本だけの桜で、エドヒガンザクラとヤマザクラの自然雑種とされています。
また北本には徳川家康が鷹狩に来た時や、視察に来た際に利用していた御茶屋の跡があったり、
上杉謙信ゆかりの石戸城跡が残っていたりと
見応えある文化財が残っている土地でした。
特に注目したいのがデーノタメ遺跡。
青森の三内丸山遺跡や佐賀県の吉野ケ里遺跡に
匹敵する大きな遺跡として保存されています。
ここに大きな集落があったのは、ここが大宮台地の北の端で、海との境界線であったことから、水が豊富にあり、食べ物も多かったからだと言われています。
2. タイムトラベル 土器がわが家に
文化財保護課の方から縄文式土器の破片をいただきました。

左が縄文中期
縄文中期:約5000年前
どっしりと厚く、どこか滑らか。
「器の口の部分ですよ」と言われ、5000年前の食卓を想像してトキメキセンサーが発動!
これは、ふと下を見たら足元に落ちていたもの。
縄文後期:3000年前
これは、北本市文化財保護課の方が須賀神社でサラッと拾い上げたものをいただきました。須賀神社は高尾氷川神社近くにあるので、多分高尾宮岡地域の遺跡の土器?? と思いを馳せるだけでドキドキ(笑)
この土器は土の色が赤く、薄くてザラザラ。でも、光にかざすと石英(?)がキラキラと輝く。
裏には石英の欠片も土器に混在している。
3000年前の誰かも、この輝きを見ていたのかもしれないというロマン。
比較: 2000年の月日を経て進化した「技術の跡」を自分の手で感じた驚き。
(許可をもらっての持ち帰りなので問題はありません。)
北本の高尾、宮岡周辺にはゴロゴロと土器の破片が落ちていました。
縄文時代、この周辺には集落が存在し、人が生活していた証があり、土地が連綿と続いていることにも感動。
3. 北本という土地のポテンシャル(お城と御茶屋)
石戸城の謎: 城主は誰か?なぜここに?
石戸城の歴史も深く、文化財保護課の方は熱弁してくれたのですが、インプットの量が多すぎて何も書けないという状態。
今だに城主が不明らしい。ただ、一時期上杉謙信が城主になっていたとの記述も残っているらしいです。
城の周りにはちゃんとお掘りも掘られていて、決して大きくは無いが、お城としての機能を果たしていたことがうかがえます。
4.徳川家康と御茶屋
将軍が鷹狩りにやってくる!当時の人々にとって、それは町を挙げての超ビッグイベントだったのでしょう。
ヒーローを迎えるために、気合を入れて立派な御殿(御茶屋)を建てた当時の人々の熱意を感じました。
歴史を通して、日常の解像度が変わった。
今まで何気なく見ていた景色に、歴史の積み重ねがあることをあらためて知れました。
大人の学びは、教科書じゃなくて「足元」に存在している。
北本の歴史は、想像以上に深くて、縄文の生活がそのまま残っていたタイムカプセルが、偶然にも残っていたという貴重な資産を持っている地域です。
今回は数え切れないほどの感動と、トキメキを得ることが出来ました!
今日聴いた事を、私もガイドとして皆さまに話せるようになるまで落し込みたいと思います。何より、調べれば調べるほど楽しい!
昔の人も今の私達も、根本の考え方や思いはあまり変わっていないことも感じたし、
戦乱の時代を生きた街の人々の生活と、江戸時代の生活はまた違うだろうけど、今そこにあるもので工夫し、造り生活し、生きることそのものを楽しんでいたのでしょうね。
北本市の文化財保護課の方に感謝です。もっとたくさんいろんなお話を聴きたい私です。
