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ちいかわが観たい 泣いてしまいたい

ちいかわ映画を観ていない。わたしは早くちいかわが観たい。ちいさくて弱きものに見えて実は強きもののような気配がする、ちいかわが観たい。


わたしは時々、消せない後悔や強い憧れ痛む嫉妬で、ひとりばかみたいに胸を焦がして泣く。一回泣く以外に、どうしようもない。過去をやり直すことはできない。やり直せたとしても今以上にしあわせになれるわけない。ぜんぶを正解にすると決めた、この弱きわたしのままで目を上げていくしかない。泣いてからまた進むわたしは、ちいかわ映画が観たい。ちいかわに会いたい。


わたしはちいかわを知らない。映画のちいかわを観て、どんな気持ちがするか早くそれが知りたい。ちいかわはちいさくてかわいいけれど、もしかしてもしかすると、ちょっとした苦い何かを持っているのかもしれない。苦くて痛む何かを持って、あんなふうにかわいくちいさく生きているのが、ちいかわというものなのか?いやそうじゃない、ぜんぜんそうじゃないのが、ちいかわなのか?わたしのしょぼついたこの目で観て感じたい。ちいかわを確かめたい。ちいさな毒を持ったちいさなフグのような、ちいかわが観たい。


この夏、くちびるの端におおきな腫れ物ができて皮膚科に通った。治るまでに二ヶ月かかった。楽し気なスタバとカルディを通り過ぎる。三つの病院が集まったビルの三階、大きなガラス窓、明るい陽射し。混雑した皮膚科の待合には大きな水槽があって、熱帯魚がチラチラと泳いでいた。赤や黄や青のカラフルで平和そうな熱帯魚の中に、ちいさなドット柄のフグが四匹か五匹いた。フグはちいさくても、なわばり争いをするようだ。親指の先ほどのフグが水槽の中でなわばり争いをする。つついたり追いかけたり争って泳ぐ。


わたしはくちびるに腫れ物をこしらえたまま、ただぼんやりと水槽を眺める。ありふれた苗字を呼ばれるのを待って、辛抱強くじっと水槽を眺めて待つ。診察室に座ると「すぐには治らないかもしれませんね」と先生が笑顔を歪ませて静かにおっしゃる。なかなか治らないくちびるの腫れ物の痛みを、わたしはとうとうただの違和感としてしか感じなくなってしまった。いつからか痛みが麻痺して感じなくなってしまった。腫れ物は二か月できれいに治った。治ったけれど痛みに麻痺したわたしと、極ちいさなシコリが残った。


ああ、そうだ。わたしの心には、抗生物質では治らない大きな腫れ物がある。嫉妬の塊がある。憧れという、こころの熱と痛みはかんたんには消すことなどできない。いつかそのこころの痛みにも麻痺してしまいそうな、わたしが嫌だ。苦しみながら憧れに焼かれ、わたしは楽になることに抵抗する。


くちびるの腫れ物を治す為には抗生物質を飲まなくちゃならない。青い顔をして抗生物質を飲まなくちゃならない。毒を消す為に正しい薬を飲んで治さなくちゃならない。正しい薬でくちびるの腫れ物は治ったけれど、こころの腫れ物には、正しさは効かない。いったいぜんたい、わたしはわたしのこころのために、なにをすればいいんだ?ちいかわよ。


わたしは、わたし自身となわばり争いはしたくない。したくないけど、こころの腫れ物は治したい。嫉妬にも後悔にも泣きたくない。こころにできた腫れ物を治す為に、わたしの言葉でわたしになにか言わなくちゃならない。


ちいさなフグのように、わたしの内部でなわばり争いをしなくちゃならない。なわばり争いと言っても、それはこころの中、わたし同士の話し合いだ。わたしの言葉で、わたしを治してあげるよ!大丈夫、治してみせるよ!ってこころの腫れ物が痛むわたしに、丁寧に毎日、言わなくちゃならない。くしゃくしゃのこころもこうすれば治るよ、こう考えるといいよ、これならできるよ!って強気のわたしが、弱気なわたしを助けなくちゃならない。


ちいかわはどうやって、あんなにちいさくてかわいくて、すんなり生きているのか、そのこころを知りたい。そのこころの芯にあるものを知りたい。ちいさなちいかわに学びたい。弱きものが強きものを自らのこころに生み出してけらけら笑って生きていく、そのコツを教えてほしい。知っているんだよね。ちいかわ。知っていてほしいんだよ。ちいかわ。なんだか、仲間じゃないかって想像しているんだよ。だからわたしは、ちいかわが今すぐ観たい。


家族でちいかわを観に行く約束をしているのに、みんなのスケジュールが合わない。なかなか観に行かれない。わたしはちいかわが観たくて仕方ないのに、ネットでネタバレを恐れて暮らすのはもう嫌なのに、ちっともスケジュールが合わない。ちいかわが観られない。ひとりで行ってしまおうか。いや家族で観ておしゃべりしたい。ちいかわを観て、わたしは泣きたい。ただ泣いてしまいたい。そして泣き止んで、ハンバーガーでも齧りながら、笑って感想をおしゃべりしたい。そっと家族と寄り添って、そっとこころのキズをみせて、そっと時間をわかちあいたい。


ちいかわよ。この憧れに胸を焦がすわたしを、ちいかわに笑ってほしい。そのままでいいよ、と笑ってほしい。もしくははっきりと愚か者と叱ってほしい。やっぱりそっと肩を抱いてほしい。ちいかわに想いを寄せすぎて、こんなことを書くわたし。そんなわたしを、ちいかわにアハハと笑ってほしい。


ちいかわの世界が、かわいいだけじゃなくて、ちいさな苦い何かを持っていてほしい。その苦い何かでわたしの憧れを笑ってくれたら嬉しい。そんな憧れ誰にでもあると思いたい。ひとりぼっちじゃないと思いたい。憧れにも後悔にも全部にも、意味があるって思いたい。そうすればわたしは嫉妬や憧れで胸を焦がす痛みに耐えて生きていかれる。これからもどうにかして、痛みに麻痺することもなく、よろよろと奮い立って人間くさく歩いていかれる。


くちびるは治ったけれど、わたしのこころの中にはときどき脈を打って痛む腫れ物がある。そこにはきっと苦い毒がある。正しさという抗生物質じゃ消せない何かがある。その苦い何かを抱えたままじっくりと生きていく、負けん気がほしい。毒を昇華するチカラが欲しい。ちいかわよ。わたしたちはだんだん良くなるのだ。わたしたちはゆっくり回復する道を歩いているのだ。


わたしを助けたい。だから、ちいかわが観たい。ちいかわに会いたい。切なさにすぐに泣く、涙をたっぷり蓄えたわたしは、苦い何かを持ったちいかわに会いたい。ちいかわに会って泣いてしまいたい。ちいかわ映画が観たい。


追伸、愛しのちいかわへ。

わたしはとても元気です。週末には、ちいかわ映画が観られるかもしれません。わたしは嬉しくちいかわを観るはずです。こころに腫れ物をもって。ちいかわよ、そんなわたしを笑ってください。

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