四人の孤独、寄り添って家族
籍をいれたら夫婦になれたわけでもなかった。養子縁組をしたから、それで私の連れ子が夫の子になれたわけでもなかったし、夫が父親になれたわけでもなかった。九歳年下の彼と私は、小学生だった子ら二人を連れて十二年前に再婚した。
家族は不思議なものだ。こんなに近くてこんなに遠い。寝言を聞く事もあるけれど、たまに何を思ってるかわからなくなる事もある。気持ちは秤にかけて調べることもできない。「ほっといて」が「構って欲しい」という意味だったり「もういい」は「よくはない」ってこともある。
「あれとって」「はいよ」とか「あれ観ようか」「いいね」とか「この間あの人に会った時にさ」「あの人ね。うんうん」なんて会話が四人の日常にいつの間にかどんどん増えた。
私と夫、夫と子ら。血の繋がりも世代も超えて世界で一番近しい存在同士になった。「あれ」がどの「あれ」かわかることのなめらかさ。「あそこ行く?」「うん」以心伝心みたいな流れの心地よさ。
再婚前も再婚してからも孤独な四人。互いに異なる気持ちを寄せ集めて作った家族のカタチは唯一無二。孤独を侵害しない、させないことは、オリジナルな家族を築く為の重大事項だった。我が家は四人が寂しさを持ち寄って温もった。
家族を紡ぐ日々には課題が尽きない。子がしょんぼりしていれば、問い詰めたりせず小さなパーティーを開いてみたり、映画やランチや散歩に出かけてみたり。
再婚前から今に至るまで、夫は子らと真正面から向き合った。叱る事も笑わせる事も全力。再婚前、幼かった子らに「お父さんになって」と告げられたんだと夫から最近聞いて驚いた。勇敢な子らが先に夫を父として受け入れてくれていた。
私が記憶していたのは、娘が彼のことを◯◯さんではなく「父ちゃん」と呼んだ日の驚きと、息子が「パパたん」と呼んだ日に流れた熱い涙だ。
私達はゆっくりと家族になった。
家族は血の繋がりではなく、互いを尊重しつつ城を築くようなものだったらしい。寄り添って励めば愉快な城が現れる。
他人だった彼と子らと私の四人で、孤独を集めて作った幸せな家族がここにある。養子縁組も家族を築くのも難義だけれど、関係をゼロから作る覚悟があれば子らは豊かに成長する。
血の繋がらない夫が我が子らを心から愛している事を知ってるから、私は見知らぬ子に届けと募金する。全ての子は私達の子だったかもしれないのだ。子が一人でも笑えればそれが未来の希望そのものだ。

