時の終わりのあらゆる場所
皆さんは『Everywhere at the End of Time』という音楽アルバムをご存じだろうか。数年前、XがまだTwitterだったころにSNSを中心に話題になった“アルツハイマーを追体験”できるアルバムだ。
イギリスの音楽家ジェームズ・レイランド・カービーが「ザ・ケアテイカー(The Caretaker)」名義で発表したもので、その長さは6時間30分以上におよび、認知症患者の人生における喜び、絶望、混乱、ノスタルジア、不安、恐怖、孤独、そして死といった多様なできごとを表現しているとのことだ。
このアルバムを取り巻く背景も非常に面白みがあるので詳しくはWikiを参照してほしい。
さて、今回はこのアルバムのレビューをしていきたい。
なかなか奇特な方だとは思うがこのアルバムを通して聴いたのは今回で3回目となる。
2016年から2019年の約3年間にかけてリリースされたStage1~6を紹介していこう。
刻一刻と変化、劣化していく。
ゆっくりと、そして確実に壊れていく。
Stage 1(2016年9月22日リリース)
最初はゆったりとしたボールルームミュージック。
どこか懐かしい、聞いたことのあるような音楽が流れる。
プツプツというノイズがアナログ盤で聴く音楽のようで心地よい。
煌びやかな思い出は楽しさと嬉しさと力強さ、生命力に溢れている。

Stage 2(2017年4月6日リリース)
少しずつノイズが加わり耳障りになる。
音が少し籠りはじめ、別の音が混ざり始めるなど小さな違和感を感じ始める。明瞭だった思い出に陰りが見え、自分が思っていたもの、感じていたものが少しずつ自分の物ではなくなっていくような、自信を失ってしまうような、そのような印象を受ける。

Stage 3(2017年9月28日リリース)
変化が大きくなる。
複数の曲がミクスチャーされているような雑多な曲になったり、フレーズの順序がバラバラになったり、音程が不快に歪みんだり、突然音楽が終わったと思ったらまた始まったりと混濁や異常を強く感じるようになる。
イヤホンできいていると顕著に感じるがステージ3あたりから音が少し遠くなる。音量が小さいというわけではないのだが、少し離れたところから音が聞こえているような印象だ。
暗いトンネルの中を風が吹き抜けそれが声や音楽、賛美歌または読経のように聞こえるようなものや、暗い部屋の片隅に落ちている周波数がずれたラジオから聞こえるノイズと声と音楽が入り混じったような居心地の悪いアンビエントが増え始めるのも特徴的だ。

Stage 4(2018年4月5日 リリース)
ステージ4ぐらいからはもう聴いていても音楽らしい音楽は聞こえない。
ただただノイズと不快な音に苛まれ、非常にストレスを感じるアンビエント。上空を飛び交う戦闘機、そして発せられる銃撃・爆撃、そんな印象を受けるパートすらある。
音はステージを通して重苦しく、暗く、不安。
意識は途切れ途切れ、記憶は断片化していき、維持できなくなっていく。
時たま、遠くからかすかに穏やかな音楽が聞こえる。
それが過去に聞いたものなのか、どうだったかの判断はつかない。
懐かしんでいたボールルームミュージックのようにも聞こえるし、ステージ3同様に賛美歌のようにも読経のようにも聞こえる。
煌びやかで明瞭だった過去、ぼんやりとし明確でなくノイズだらけの現在。この二つが前後し、入り交じり、行き来する。
過去への固執や執着という強い感情を持ちながらも、それを保持・維持できず、手放し、ノイズだらけの空白に投げ出されてしまい、自身が何モノでもなくなるような喪失感・恐怖。そんな時間的分裂を強烈に感じるようになるのも特徴的だ。
こういった表現がこのアルバムのジャンルとして憑在論(ひょうざいろん)があてがわれている所以なのかもしれない。
終わりの始まり。

Stage 5(2018年9月20日リリース)
もう思い出は光を失い、断片化が進み、何一つかみ合わない。
雑踏とノイズに溢れ、一貫性もなく騒と静が交互に迫りくる状況にめまいを感じる。
ノイズに聞こえるのはもしかして誰かの言葉なのかもしれない。その言葉が理解できず脳がノイズとして変換しているような印象すら覚える。起きている現象、耳から入ってきているものを理解したいのに理解できない不安感が渦巻いているような印象。
聞こえる音のすべてがおどろおどろしく、不快感が強く閉塞感がある。
過去を強く思い出すようなことはもう既に無く、雑音が響き渡る無限回廊に落ちてしまったようなそんな状態。
ふと聞こえた懐かしい音楽も一瞬で消え失せ、ノイズの渦に巻き込まれてしまう。これが繰り返されることで輝かしい過去が遥か彼方に行ってしまい、もう二度と手が届かないものになってしまった喪失感だけが残る。

Stage 6(2019年3月14日リリース)
もう音楽は聞こえない。
ノイズと不気味な音が不規則にかかるアンビエントが繰り返され、悪夢の中に放り出されたような不安と恐れ、煩わしさ、恐怖などの感情が沸き上がる。
もう、遥か遠くに来てしまったような。時間という概念すら存在できない空間に、一人ぽつんと立っているような、いや、立っていないのか、実は存在してすらいないのか。それすらもわからない。
右も左も上も下も手前も奥も。質量があるのかも重力があるのかもわからない。ただ感情だけが存在しているようだ。
しかし、何かへの渇きを感じる。わずかに遠くから聞こえるピアノや管楽器の音は瞬きよりも刹那その渇きを満たすがその後に残るのは空虚。虚しさだけが残る。
突然、ずっと鼓膜を震わせ続けていたザラザラとしたノイズは消え、耳障りな轟音も消え、静かな時が流れる。
すると次第にオーケストラの調律にも似た、無数の楽器が一つの音程を奏で続けるているような荘厳な音がし始める。美しい旋律だったその音も時間が経つにつれ歪み、籠り、不穏さが増していく。
ブツっとレコードに針を落とすような音が聞こえたかと思った刹那、礼拝堂に響き渡るかのような美しい聖歌が聞こえ始める。
最初籠って聞こえていた高音の音色は次第に明瞭になり、人の歌声だと気づく。不安や不信、恐れ、煩わしさといったネガティブな感情は砂と化し、サラサラと抜け落ちていく。
そこに残ったのは安堵。
苦しみから解き放たれるのだと。
やっと終われるのだと。
真っ暗で孤独だった自分に手を差し伸べる存在が現れたようなそんな気分になる。
差し込んだ暖かい光が眩しくて、縋るように手を伸ばし、目をゆっくりと閉じる。

聴き終えて
6時間半、聞きながらレビューをしてみた。聴き終えて、なんかこう、動悸がしている。また眩暈にも似たグラグラ感が微妙に残っている感じだ。
後半は曲の感想というよりは聴いている時の自分の心の在り様のようなレビューになってしまったが、いかがだったでしょうか。
アルツハイマーの追体験ができるというアルバムというわけだったが、なんというか、記憶というか“自分自身という個”が少しずつ確実に失われていくような印象を受けた。
個が個たる所以は記憶、ということなのだろうか。
専門家ではないので正しいことは言えないのであくまで私自身が感じたものということでご容赦いただきたい。
余談だが、Youtubeで同アルバムを聴いていたので、類に漏れず広告動画が挟まるのだが、いつもなら非常に煩わしく感じる広告動画もこの時だけは救いを感じる。息苦しい水の中にずっといて、やっと息継ぎができる、そんな感じだ。
ありがとうバナナマン。(何故かAgodaのCMが多かった)
さて。
何故このEverywhere at the End of Timeをレビューしようと思ったのかというと、アルバムが描いているアルツハイマー病によって人間の記憶や意識が少しずつ失われ、崩壊していく過程を身近に実際に垣間見たからなのだ。
その体験を経た自分が改めてこのアルバムを聴いた時、どう感じたのかを残してみたいと思ったのがきっかけだ。
数年前、祖母がベッドから起き上がる際に滑落、頭を強打し緊急入院した。
当時、同居していた両親はこう言っていた。
「意識はあるもののろれつが回っておらず言葉にならない言葉を発している」と。
検査の結果、頭蓋内に出血が見られ、脳浮腫を引き起こしているとのことだった。その影響は甚大で、言語をつかさどる部位にダメージがあり、物や人、空間を認識しているものの、それが言語として出てこない。
しゃべることができなくなってしまった。
看病している母はそんなおばあをみて「物はわかっている。でも“話す”という行為が分からなかくなっている」とのことだった。
しかし表情や身振り手振りでコミュニケーションが取れるので入院生活での支障は思ったよりなかったそうだ。
そして幸いなことに入院から数日、歩けるようになり、もう数日たつと、咀嚼できるようになり、固形物も食べられるようになった。
脳内に溜まっていた血液も吸収され脳浮腫も改善しているとのことだった。
医者曰く「こんなに回復が早くて運動機能が改善したのは珍しい。元気なおばあさんですね」と。
そして脳浮腫が改善したことで一言二言ではあるが喋られるようになっていった。その様子を聞いて「まるで赤ちゃんが言葉を覚えていくみたいだよ」なんて母と話していたのを覚えている。
しかしおばあはもう、元に戻ることはなかった。
入院して数か月がたったある日、母がつきっきりで看病するということで退院することが叶ったそうだ。
おばあも入院生活がストレスになっていたようで、早く自宅で過ごしたい、家に帰りたいとよく言っていたそうだ。
退院した一報を聞きすぐに会い駆け付けた。
会話はあまり上手にできていなかったが私を見て目を細め、顔をしわくちゃにしていたので孫だと認識はできていたようだった。
「●●だよ、おばあ、大変だったね」なんて話しかけるとそれはもう嬉しそうにしていた。
普段、あまり実家に顔を出さない自分も月1ぐらいで顔を出すようにし、様子を見に行っていた。
少しずつ喋られるようになっていたし、会話もできるようになったので、ほっと胸をなでおろし安心していた。
しかし、頭のケガによる後遺症はおばあを少しずつ、そして確実に蝕んでいたのだった。
退院して半年ぐらいたっただろうか。
ある日、いつものように顔を出し、おばあに話しかけた。
おばあは首を傾げ、そして少し不安そうな顔をしていた。
「■■(母の名前)さん、この人だれだい?」
頭をガツっと殴られたような衝撃を受けた。
顔を見ても、名前を言ってももう思い出してもらえなかった。
胸が痛くなった。
脳みその真ん中がズキズキするような頭痛にみまわれた。
目頭が熱くなり、涙が溢れそうになった。
ここで泣いてしまったらだめだと自分に強く言い聞かせ、気丈に連れて行った娘たちをおばあに紹介する。
「わたしはあなたの孫の●●だよ。この子たちはひ孫だよ。元気そうで何よりだね」
声を震わせながら精一杯明るい声で、明るい表情でおばあに自己紹介をした。
私の存在自体は理解・認識できないものの「自分の孫、ひ孫」という存在が来たということは理解できたのか、おばあは不安そうだった表情を綻ばせひ孫の頭を撫でていた。
母によると「自分で歩けるようになったり、外に一緒に散歩できるようになったものの、記憶の欠落が顕著になってきて数日前のことも覚えられない状態になっている。毎日顔を合わせていても一瞬誰だかわからなくなるようでたまに不安そうな顔をしている」とのことだった。
私のことはもちろん、身の回りの世話をしてくれている母や父のことすら記憶があやふやになっていってしまっているようだった。
それからというもの次第に実家に顔を出す頻度は減っていってしまったが、行ったらおばあには挨拶をしそのたびに自己紹介をしている。
もう慣れたものだが、もうこの人はおばあであっておばあではないがやっぱり自分にとってはおばあ以外の何者でもないという複雑な思いを胸に抱えながら会いに行っている。
そんなおばあはまだ存命で99歳。
今年で100歳。
たくさんの思い出を一度に失い、
そして毎日少しずつ劣化していく記憶。
そんな状態でも新しい毎日を迎える日々がどんなものなのかは想像することができない。
頭を打ったその日からの記憶しかもうないのかもしれない。
いや、それすらもう無いかもしれない。
おばあが私の顔と名前を忘れてしまったように、彼女が積み重ねてきた約100年の記憶はもうほとんど失われているのだ。
でも生きている。一生懸命生きている。
「噛み切れないんだよねぇ」と子供のような不安を口にしながら嬉々として肉を食べているとのことだ。
記憶を失ったって、生きていける。
生きている。
Everywhere at the End of Timeが描いているのは、
そんな「人生」なのだと思う。
Everywhere at the End of TimeのStage6でラスト5分で聞こえた聖歌は、お迎え、即ち死のメタファーなのだろうと思う。
そう考えると、今のおばあはもうStage6の最後の5分に差し掛かっているのかもしれない。
しかし、その残りの5分が、彼女にとって良い5分であってほしいと願っている。
そしてその5分があと何年なのかは、まさに神のみぞ知る、なんだけどね。
記憶を失った先にあるのが辛い“死”だけではなく、
それでも尚、一生懸命に“生”を全うするという終わり方があって欲しいと心から祈るばかりだ。
