なぜロックミュージシャンは自由を手放さなかったのか― 50代からのロックな人生論
① はじめに ―― 自由は、年齢とともに失われるのか

二十歳のころ、自由はそこら中に転がっていた。
金はなくても、時間はあった。
明日のことなど考えず、好きな音楽に夢中になり、
気に入らないものには反発した。
誰に何を言われても、「うるさい」と一蹴できる強さがあった。
それから三十年。
気づけば、私たちはずいぶん物分かりがよくなった。
会社では立場ができた。部下の手前、迂闊なことは言えない。
家庭では、背負うものが増えた。
自分の欲しいものより、家族のための出費が先に立つ。
世間体を気にし、失敗を恐れ、
何かを始めようとするたびに「いまさら」という言葉が口をつく。
若い頃はあれほど自由に憧れていたのに、
年齢を重ねるほど、私たちは自由より無難を選ぶようになる。
それは、悪いことではない。責任を引き受けるとは、そういうことだ。
分別を持つとは、そういうことだ。
だが、ふと思う。
無難を積み重ねた先に、自分は何を残すのだろう。
誰からも嫌われず、波風も立てず、しかし何者でもなくなっていく。
そんな後半生で、いいのだろうか。
ここに、四人のロックミュージシャンがいる。
忌野清志郎。鮎川誠。甲本ヒロト。浅井健一。
世代も、音楽性も、生き方も違う。だが、四人には決定的な共通点がある。
年齢を重ねても、自由を手放さなかった。
彼らもまた、歳を取った。立場ができ、成功し、守るものができた。
普通なら、丸くなる。安全な場所に座り込む。
だが、彼らはそうしなかった。
なぜか。
この記事では、四人の生き方を具体的にたどりながら、
その理由を考えていく。
ここで、先に一つだけ言っておきたいことがある。
自由でいる人とは、何でも手に入れた人ではない。
むしろ、自由のために何かを手放した人である。
好感度。結果への執着。群れの安心。分かりやすさ。
これから登場する四人は、それぞれ大切なものを手放した。
手放したからこそ、自由でいられた。
彼らが何を手放し、何を手放さなかったか。それを追っていくと、
自由の正体が見えてくる。
そして最後に、こう問いたい。
私たちは五十代から、もう一度自由になれるのか、と。
結論を先に言えば――なれる。
彼らの生き方は、その方法を、はっきりと示してくれている。
② 自由を失う理由 ―― なぜ私たちは、丸くなるのか
四人の話に入る前に、まず自分たちのことを考えてみたい。
私たちは、なぜ自由を失うのか。歳を取ると、なぜ丸くなるのか。
理由を突き詰めていくと、四つの「恐れ」に行き着く。
一つ目は、嫌われたくない、という恐れ。
組織の中で長く生きていると、人と衝突しないことが処世術になる。
会議で違和感を覚えても、「まあ、波風立てなくても」と飲み込む。
本音を言えば角が立つ。
だから、笑って合わせる。空気を読む。
それが大人だと、自分に言い聞かせる。
二つ目は、結果が出ないことへの恐れ。
若い頃は、下手でも楽しいから続けられた。
だが大人になると、何をするにも「結果」を求めるようになる。
上達しない。評価されない。金にならない。意味がない。
そうやって、好きだったことから手を引いていく。
趣味も、夢も、「コスパが悪い」という理由で畳んでいく。
三つ目は、群れから外れることへの恐れ。
会社の常識、友人関係、同世代の「普通」。
その輪の中にいれば安心できる。
だが、そこから一歩外れると、途端に不安になる。
「あいつ、変わったな」と言われるのが怖い。
だから、決められた役割の中に、自分を収めておく。
四つ目は、孤独になることへの恐れ。
自分の好きなもの、自分の美学を貫こうとするほど、
人には理解されにくくなる。
「何が良いのか分からない」と言われる。
説明するのも面倒になり、
いつしか、分かってもらえそうなものだけを口にするようになる。
この四つの恐れは、どれも自然なものだ。
誰の中にもある。私の中にも、ある。
だが、ここに挙げた四人のロックミュージシャンは、
それぞれこの恐れと向き合い、あるものを引き受けることで、
自由を守り抜いた。
忌野清志郎は、嫌われる覚悟で。
鮎川誠は、続ける覚悟で。
甲本ヒロトは、群れない覚悟で。
浅井健一は、孤独を引き受ける覚悟で。
四つの恐れに、四つの覚悟。それを、一人ずつ見ていこう。
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