スターへの憧れは、どの瞬間に「自分もやってみたい」へ変わるのだろうか
拙著『サッカーを日本のナンバーワンスポーツに』から生まれた問い。
子どもがスター選手を見る。
すごい。
かっこいい。
あんなふうになりたい。
そこまでは、よく分かる。
でも、
「あんな選手になりたい」と思うことと、実際に自分でボールを蹴り始めることは同じではない。
ここに、少し不思議な境目がある。
ワールドカップで日本代表の選手を見た。
ゴールを決めた選手の名前を覚えた。
ユニフォームを欲しがった。
テレビの前で同じポーズをまねした。
それでも、全員が次の日からサッカーを始めるわけではない。
では、スターへの憧れは、どの瞬間に、
「見る」から「自分もやってみたい」
へ変わるのだろうか。
今回考えてみたいのは、その小さな境目である。
スターを見れば、子どもはスポーツを始めるのだろうか
なんとなく、私たちはこう考えがちである。
スーパースターが現れる
↓
子どもが憧れる
↓
その競技を始める
↓
競技人口が増える
分かりやすい。
私自身、『サッカーを日本のナンバーワンスポーツに』でも、この循環を重要なものとして考えてきた。
ただ、実際の研究を見ると、話はもう少し複雑らしい。
オーストラリア・スポーツ委員会がロールモデル研究を整理した資料では、トップアスリートは確かに重要なロールモデルになり得る一方、スポーツ参加に長く影響する存在として、親、教師、コーチなど身近な人の影響も非常に大きいことが指摘されている。特に親は、子どものスポーツ参加における強いロールモデルとされている。 (Australian Sports Commission)
つまり、
スターを見せれば、それだけで子どもが競技を始めるわけではない。
のである。
これは考えてみれば当然かもしれない。
テレビの中のスターと、自分の生活の間には距離がある。
「すごい」で終わるスターと、「まねしたい」スター
例えば、ものすごく難しいプレーを見る。
40メートルのシュート。
華麗なドリブル。
オーバーヘッドキック。
子どもは「すごい」と思う。
でも、それだけなら鑑賞で終わることもある。
ところが、
その選手がボールを少し浮かせた。
足の裏で転がした。
簡単そうなフェイントをした。
ゴールを決めたあとに独特のポーズをした。
すると子どもは、
「これ、やってみよう」
と思うかもしれない。
私は、ここが大事なのではないかと思う。
憧れが行動へ変わるのは、
スターが「遠い存在」から、一瞬だけ「まねできる存在」になったとき
なのではないだろうか。
JFAの反町康治氏も、子どもとの接点を増やす必要性を語る中で、メッシや中村俊輔が技に挑戦するような映像を例に挙げ、「サッカーってすごい」「面白そう」という入口で十分ではないかと述べている。 (日本サッカー協会)
最初から戦術を理解する必要はない。
正しいインサイドキックを習う必要もない。
まず、
面白そう。
自分でもやれそう。
ちょっとやってみたい。
でいい。
ボールが近くにあるかどうか
でも、ここでもう一つ条件がある。
やってみたいと思ったときに、
ボールがあるか。
これだけである。
家にサッカーボールがある。
公園へ持っていける。
友だちが持っている。
学校にボールがある。
近くに蹴れる場所がある。
それだけで、
憧れ
↓
まね
↓
体験
へ進みやすくなる。
逆に、
「サッカーやってみたい」
と思っても、
ボールがない。
蹴る場所がない。
近所にクラブがない。
親が忙しい。
送迎が必要。
月謝が高い。
となれば、そこで止まる。
最新の笹川スポーツ財団の調査でも、4~11歳のスポーツ実施には、習いごとの有無、放課後の過ごし方、保護者の期待など、子どもの周辺環境が強く関係しているとされている。2025年調査では、4~11歳の実施相手として「習いごとやスポーツクラブの仲間」が58.1%となり、2012年から12.3ポイント増えている。 (SSF Japan)
これはかなり重要だと思う。
スターは「やりたい」をつくれる。
しかし、
実際に始められるかどうかは、スターよりも日常側の環境で決まる。
ということなのかもしれない。
「あの人も、最初は普通の子どもだった」と知る
もう一つ、スターとの距離を縮めるものがある。
物語である。
例えば、
この選手も最初は地元の少年団だった。
小学生のころは身体が小さかった。
トレセンに選ばれなかった時期があった。
家の近所の公園でボールを蹴っていた。
中学校では部活動だった。
地方のクラブからプロになった。
そういう話を知ると、
テレビの中の選手が少しだけこちら側へ来る。
「最初からスターだったわけではないんだ」
と思える。
私は以前から、代表選手が育った少年団や学校、クラブをもっと見せてもいいのではないかと考えている。
日本代表のプロフィールに、
所属クラブだけでなく、
○○少年団
○○中学校
○○高校
○○クラブ
といった育成の道筋が見える。
すると、その町の子どもにとって、
世界のスターではなく、「この辺からそこへ行った人」
になる。
憧れが、可能性へ変わる。
ここにも「自分もやってみたい」への橋があると思う。
会うことは、さらに距離を縮める
映像よりも、もっと強い経験もある。
実際に見ること。
近くで見ること。
触れ合うこと。
2026年6月のなでしこジャパンの国際親善試合では、小学生を対象に、試合後に代表選手とハイタッチできる企画が実施された。JFA自身も「憧れのなでしこジャパンの選手達と触れ合える絶好の機会」として案内している。 (日本代表オフィシャルプログラム)
これは単なるファンサービスにも見える。
でも子どもからすると、
テレビの中にいた人が、
数メートル先にいる。
同じピッチの近くにいる。
手を合わせる。
声を聞く。
この体験は大きいと思う。
スターが実在する人になる。
からである。
「すごい人」ではある。
でも同じ人間でもある。
そう感じたとき、
「自分もやってみたい」
へ少し近づくのではないだろうか。
実は、スターより「隣のお兄さん」の方が効くこともある
さらに面白いのは、ロールモデルは必ずしも世界的スターでなくてもいいことである。
オーストラリア・スポーツ委員会がまとめた研究では、トップアスリートだけでなく、コーチ、親、教師、友人など、身近な人もスポーツ参加を促す重要なロールモデルだとされている。 (Australian Sports Commission)
これはサッカーでもよく分かる。
日本代表選手を見て、
「かっこいいな」
と思う。
でも実際に、
「一緒にやろうよ」
と言うのは、近所の友だちかもしれない。
少年団のお兄さんかもしれない。
学校の先輩かもしれない。
父親かもしれない。
母親かもしれない。
コーチかもしれない。
つまり、
スターが火をつけ、身近な人が最初の一歩をつくる。
そんな役割分担なのかもしれない。
「憧れ」と「入口」を同時につくれないだろうか
そう考えると、日本代表の大きな大会でスターが生まれたとき、やるべきことも見えてくる。
スターの映像をたくさん見せる。
それだけではない。
その隣に、
この技をやってみよう。
を置く。
さらに、
近所でサッカーを体験できます。
を置く。
そして、
初心者でも大丈夫です。
を置く。
例えば日本代表のゴール動画の下に、
「同じフェイントをやってみよう」
という30秒動画がある。
さらに、
「近くのサッカー体験会を探す」
というリンクがある。
これだけでも、
見る
↓
まねする
↓
やってみる
が、一つにつながる。
大事なのは、
憧れを大きくすることだけではなく、憧れと行動の間を短くすること
なのだと思う。
親が「やってみる?」と言う瞬間もある
子どもだけを見ても足りない。
特に小さな子どもにとって、競技を始めるには親の存在が大きい。
笹川スポーツ財団の2025年調査でも、4~11歳のスポーツ実施頻度には「保護者の期待」が関連している。 (SSF Japan)
子どもがテレビを見て、
「サッカーかっこいい」
と言う。
その瞬間に親が、
「じゃあ今度、体験に行ってみる?」
と言う。
もしかすると、この一言が決定的なのかもしれない。
反対に、
「そのうちね」
で終われば、その熱は消えていく。
だから、スターの力を競技人口へつなげるには、
子ども向けの情報だけではなく、
親が次の行動を選びやすい情報
も必要なのだと思う。
近所のクラブ。
費用。
曜日。
送迎。
体験の申し込み。
必要な道具。
初心者でも大丈夫なのか。
そこまで分かれば、
「やらせてみようかな」
へ変わりやすい。
スーパースターは、競技人口を直接増やす人ではないのかもしれない
ここまで考えて、少し見方が変わった。
スーパースターが現れれば、
何万人もの子どもが自動的にサッカーを始める。
そんな単純なことではない。
スターができるのは、
「こんな世界がある」と見せること。
なのだと思う。
そこから先は、
ボール。
公園。
学校。
友だち。
親。
クラブ。
コーチ。
体験会。
地域。
そうした日常側の仕組みが受け取る。
だから、
スター
↓
競技人口
ではない。
おそらく、
スター
↓
憧れ
↓
まね
↓
身近な人からの誘い
↓
最初の体験
↓
楽しい
↓
もう一度やる
なのである。
この途中のどこかが切れれば、「かっこいい」で終わる。
逆に全部がつながれば、
テレビの前にいた一人の子どもが、いつの間にか毎週ボールを蹴る子どもになる。
「スターがいる国」から「スターを次へ渡せる国」へ
日本から世界で活躍する選手は、以前よりはるかに増えた。
それ自体は、日本サッカーにとって大きな財産である。
でも、本当にナンバーワンスポーツを目指すなら、
スターがいるだけでは足りないのかもしれない。
そのスターへの憧れを、次の子どもの最初の一歩へ変える仕組みがあるか。
そこまで考える必要がある。
ワールドカップでゴールを決めた選手を見て、
6歳の子どもが、
「すごい」
と思う。
次の日、
公園でそのゴールをまねしてみる。
週末、
親と体験会へ行く。
楽しかったので、また行く。
一年後には、その子の日常にサッカーがある。
その子が将来プロになる必要はない。
サッカーを好きになればいい。
見る人になるかもしれない。
支える人になるかもしれない。
そして、その中のほんの一部が、20年後の日本代表になるかもしれない。
そう考えると、
スターへの憧れが「自分もやってみたい」に変わる瞬間とは、スターを見た瞬間そのものではない。
その直後に、
「自分にもできるかもしれない」と思える、小さな入口に出会った瞬間
なのではないだろうか。
そして、次のサッカーブームが来たとき、日本サッカーが準備しておくべきなのは、スターだけではない。
その熱狂を受け取る無数の小さな入口なのだと思う。
次の記事では、この連作のもう少し先を考えてみたい。
スターが生まれ、子どもが憧れ、サッカーを始める。
それでも数年で熱が消えてしまえば、また同じことを繰り返す。
では、
次のサッカーブームを、20年後まで残すには何が必要なのだろうか。
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