【私小説風エッセイ】銀河鉄道の夢
15年程前、家族で東北へ旅行に出掛けた。夜行列車に乗って。そして、その旅行で、僕はサラリーマン生活に終わりを告げた。
当時、僕は適応障害に罹っており、心療内科やカウンセリングに通っていた。原因は仕事。仕事の何が?と聞かれると、今はもう細かいことは覚えていない。多分、サラリーマンそのものに適性がなかったのと、就活が上手くいきすぎて、自分の実力以上の会社に入ってしまいついていけなかったのだろう……。ということにしている。とにかく、その頃は精神的にフラフラで、毎朝「会社に行きたくない」とグズる自分と闘いながら出社していた。
旅行当日は、夕方まで仕事し、帰宅したら東京へ向かって、21時過ぎに上野駅を出る寝台特急あけぼの号に乗車する段取りだった。
仕事を定時で上がり、いつもの通勤路で帰ってくる。なぜか、その日、主要国道を左に折れて、右にカーブしながら線路を越える陸橋の景色、夕日に向かって伸びる鉄路と一面に広がる田んぼの景色が、後々まで妙に印象に残っていた。
上野駅であけぼの号を待つ。
薄暗く閑散とした地上ホームの一番奥で。
暫くすると、青い客車が最後尾から入線してきた。
夜と同じ色の長い車体が、ホームの照明を浴びて天の川のように輝いていた。
「子供の頃から憧れだったブルートレインに乗れる!」
家族の前では顔に出さないようにしていたが、凄く興奮していた。ドアが開いて乗車する。どんどん客が入ってくる。ほぼ満席だったと思う。車内は騒がしい。どの乗客も僕と似た興奮にあったのかも知れない。
発車時刻。ホームにベルが響く。ベルが止まる。
ーーガツン。
前方に衝撃。その衝撃が前から1両ずつ伝わり、僕らの車両にも。そして、窓からホームが横移動を始める。
電車と異なり、機関車1両で引っ張って走るブルートレインは、前から1両ずつ力が加わるので、こんな乗り心地になるのかも知れない。
夜の街を銀河鉄道が走る。
銀河の中心である東京都内は、色とりどりの地上の星が瞬いていたが、中心から外に進んでいくにつれ、段々と色と数が減っていく。
……なんか淋しいな。
それまでも夜の電車には幾らでも乗ってはいたが、この淋しさは何だろう?これが「旅情」とでも呼ぶべきものなのかも知れない。
30分位で大宮に停車。大宮を出ると更に地上の星は数を減らし、『あけぼの』と名付けられた青い天の川は銀河の辺縁へと流れていく。 2時間程で高崎。夜半も近い。ここまで起きていた当時小学生の息子2人に寝るよう言い、僕も寝台に横になる。
暫くして、ーーごぉぉぉ。トンネルに入った音。
やけに長い、長過ぎる。
思いつく。……あっ、これが川端康成の言う「国境の長いトンネル」か。
その音に身を任せながら、僕の意識も消えていく。
意識が戻る。天の川が動きを止めていた。窓の外にぼんやりとした灯り。カーテンの隙間から外を覗くと、駅に停まっていた。
『長岡』の文字が見える。……なんでいつまでも停まってんの?と、思いつつ再び目を閉じた。
この十数年後、息子の一人がこの街で学ぶことになるとは夢にも思わずに……。
次に目が開いた時、僕は幸せな気分だった。
結婚を決めた時の夢を見ていた。暖かく、ワクワクした気持ち。ニヤニヤしながら寝台を立ってトイレへ。
廊下に出ると、窓から朝の日本海の大パノラマ。
もう、寝台に戻る気になれず、廊下に備え付けの小さな椅子を出して、ずっと一人で海を眺めていた。
酒田、秋田と大きな駅、その他折々停まる小さな駅を通り過ぎて、大館駅であけぼの号に別れを告げる。大館からローカル線に乗って八幡平の麓へ。そして、宿泊先である八幡平のホテルへと旅を続けた。
翌朝、ホテルで目を覚ますと、窓から岩手山の雄大な姿が飛び込んできた。
景色に誘われて、早朝一人で外に出る。
そこで、なぜか現実が気持ちに襲いかかってくる。
……そうだ、明後日から仕事だ。
折角の岩手山を目の前に、視線は首と共に足元へ。
銀河鉄道の夜から続く夢の時間が崩れていく。
動悸と不安感。旅行が台無しになりかかる。
しかし、その時、何の脈絡もなく、
……会社辞めて、カウンセラー目指すか。と、頭に浮かぶ。
首が上を向き、気持ちの靄が晴れていく。
視界に再び岩手山が現れた。
翌朝も同じ気分の落ち込みがあり、その時も岩手山の力を借りて「カウンセラーに転職」と現実逃避して乗り切る。
そして、心配顔の岩手山に見送られながら、東北の地を後にした。
東北から帰った翌日。出勤してメールを開ける。100を超える未読メッセージを見た瞬間、……もうダメだ。心が折れて、動悸、息切れ、めまい、吐き気。医務室で休む。ベッドで横になっても5分と持たずトイレへ。頻尿。上司が様子を見にくるまでの1時間位の間に十数回トイレへ行った。その後のことは、よく覚えていないが、多分その日はそのまま帰宅し、数日出社出来ず、そのまま1か月の休職となった。
休職中に、嫁と話し合う。嫁が「会社やめていいよ、私も働くから」と声をかけてくれ、退職することになる。休職期間終了後、一旦業務引き継ぎのため復職して、1か月後に退職した。最終出勤日。挨拶を終えて帰宅途中に、また陸橋を通り、そこからの景色を見て、2ヶ月前、旅行の日の帰路の景色を思い出す。
「あの日が、この会社で、事実上最後の出勤の日だったんだなぁ……」
『あの日』より色濃さを深めた夕日に向かう線路を見て思った。
ーーーRyo Natsumi
