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【SBTi 2026–2030戦略 ②】「全部自分でルールを決める」のをやめたSBTi ― 基準はどう進化するのか

第1回では、SBTiが「野心の設定」から「実装の支援」へと舵を切った思想的背景を見ました。第2回では、その思想が具体的な基準(Standards)にどう落とし込まれようとしているのかを掘り下げます。鍵となるのは、熱の脱炭素化の優先順位づけ市場メカニズムの容認、そして他の枠組みとの相互運用という3つの動きです。

「メニュー方式」への転換と、熱の脱炭素化

現行のCorporate Net-Zero Standard(Version 1)は、「2020年比で2030年に42%削減、2050年ネットゼロ」という高レベルの単一経路を全企業に当てはめてきました。これは多くの企業を動かした一方で、ある弊害も生みました。

レポートは率直に認めています。企業は、再生可能電力証書の購入を通じた電力部門の脱炭素化に注力しがちで、熱の脱炭素化を後回しにしてきた、と。低コストで「数字を作りやすい」領域に偏り、本来長期戦略として取り組むべき難しい領域が進まなかったわけです。

そこで新方針では、排出源(電力・熱・輸送など)ごとに異なる現実を反映した経路へと進化させる、とSBTiは説明しています。SBTiの整理では、電力は技術が出揃い2040年またはそれ以前のネットゼロが視野に入る一方、熱は2020年代後半から本格的な削減が始まり、2030年代に大幅削減、2040年代に既存設備の更新とともに脱炭素化が完了する、という時間軸が描かれています。(ただし、この移行の時間軸の妥当性――とりわけ熱の移行シナリオを「現実的」とみるかどうか――は評価が分かれるところでしょう。)
筆者として注目したいのは、SBTiが熱の脱炭素化を「これから優先的に進めるべき重要領域」として明確に位置づけた点です。

この流れの中で、排出集約型企業に一律のScope1の直線的削減を求めるアプローチは見直されます。2030年代前半は低炭素技術の普及に限界があるため、線形削減は多くの企業にとって達成困難だからです。レポートでは、企業が自社の事情に合った経路や手法を「選択肢(メニュー)」から選べるようになる、とされています。ただし、具体的にどのようなメニューが用意されるのかは、現時点では明らかになっていません。

排出削減が「不可能な場合」をどう扱うか

もう一つの大きな修正が、自社で排出を削減しきれない場合の扱いです。

従来、SBTiは「自社のカーボンフットプリント削減」を絶対の軸としてきました。新戦略でもその原則は維持されますが、それが不可能な場合には、ブック・アンド・クレームやセクターアプローチといった市場メカニズムを使い、低炭素技術への投資に資金を提供する市場の発展を支援することを認めるスタンスへと修正されるようです。例えば農業分野では、一社だけでは取り組みにくい変革でも、複数の農地や事業者をまとめた単位で資金を集め、地域全体で農法の転換と排出削減を進めるプロジェクトを後押しできる、といった具合です。

ここで重要なのが、SBTiの姿勢の変化です。これまでのように何でも自前のルールで囲い込むのではなく、「自らのアプローチと整合的で、目標達成に有効」であれば既存の枠組みを認める方針を打ち出しました。クレジットや証書について独自の信頼性フレームワークを作る意図はない、と明言し、ICVCM原則に基づく認定スキームなど他者の枠組みを活用するとしています。「審判」ではなく「ハブ」になろうとする姿勢が、ここにも表れています。

なお、このセクターアプローチの位置づけ自体は、これまでのSBTiの考え方と変わりません。セクターアプローチを使う企業は「自社の排出を削減した」のではなく、「より広範なセクターの脱炭素化に貢献した」ものとして扱われます(現行のGHGプロトコルの会計慣行に沿った整理です)。市場メカニズムや高品質なカーボンクレジットの具体的な利用ルールは、ガイダンスとして2027年末までに公表される予定で、目標やクレーム(企業が対外的に主張できる内容)の定義がどうなるかは、その内容を待つことになります。

ISO規格との「同時検証」という伏線

相互運用の象徴が、ISOとの連携です。ISOはネットゼロ規格を開発中で、SBTiはこれを競合ではなく補完的と位置づけます。ISO規格はSBTiのVersion 1に近く、ネットゼロ基準を未導入の中小企業にとって魅力的な入口になり得る。そこから企業が理解を深め、より高度な「実装」フェーズであるSBTiへとスムーズに移行する――そんな**オンランプ(入口)**としての役割が期待されています。

レポートは「理想的には、SBTiとISO規格の両方に対する同時検証を提供できるようになる」とまで踏み込んでいます。これは単なる整合性の話にとどまらず、第3回で扱うSBTiのビジネス戦略にもつながる重要な布石です。

なお、進捗評価のアプローチについて、レポートはEUのCSRD(企業サステナビリティ報告指令)の要件とも整合するとしています。具体的にどう整合するのかまでは明示されていませんが、規制とのなめらかな接続を意識していることはうかがえます。


「自前主義」を脱し、相互運用性をテコに乱立する枠組みのハブになろうとするSBTi。では、その中心でSBTiは一体何を“握る”のでしょうか。次回(第3回)は、本戦略で筆者が最も注目した論点――非公開データを束ねたベンチマーキング・ビジネスという、SBTiの新たな野望に迫ります。

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