【SBTiネットゼロ基準 v2 ②】Scope1・2・3はこう変わる──「カバー率」と「実装ヒエラルキー」
■ はじめに:v2の目標設定は「何を測るか」と「どう減らすか」の両輪
第1回では、SBTi(科学に基づく目標設定イニシアチブ)の企業ネットゼロ基準v2が、「野心」から「実装」へと舵を切った背景を見ました。今回はその核心、目標設定の具体的な新ルールを解説します。
▶ 第1回:「野心」から「実装」へ──そして「これは法令遵守の代わりではない」という静かな宣言
v2の目標設定を理解するうえでのポイントは2つです。1つは、各スコープ(排出量の区分)で「どこまでをカバーするか」が明確に定められたこと。もう1つは、目標を立てたあと「どの順番で削減行動を取るか」を定めた、新しい「実装ヒエラルキー」という考え方です。順に見ていきます。
■ Scope1:100%カバー。削減の道は3つから選ぶ
Scope1(自社の工場や車両など、自らが直接出す排出)の近期目標(5年間の目標)は、排出量の100%をカバーすることが求められます。そのうえで、削減方法を次の3つから1つ以上選びます。
▼ 絶対量削減
排出量そのものを、2050年までに残余レベル(基準年比でおおむね10%以下)へ向けて一直線に減らしていく、最もオーソドックスな方法です。
▼ 原単位削減
製品1トンあたりの排出量など、活動量あたりの排出(原単位)を減らす方法です。鉄鋼やセメントなど、生産量に応じて排出が変わる業種向けの選択肢です。
▼ 資産移行目標(Asset Transition)
これがv2で整理された新しい選択肢です。化石燃料を燃料とする設備など、温室効果ガス(GHG)を排出する設備について、いつ排出を抑制するか(abate=脱炭素燃料への転換や改修など)、いつ早期退役・廃止するかの計画(資産脱炭素化計画)を立て、その道筋に沿って排出を減らします。設備を止めるだけでなく、燃料転換による削減も含む点がポイントです。設備の寿命が長く、すぐには排出を減らしにくい──燃料を使う製造業全般に共通する課題に対応するための選択肢です。
■ Scope2:再エネ「調達の中身」が厳しく問われる
Scope2(購入した電力・熱・蒸気・冷熱に伴う排出)も100%カバーが必要で、「低炭素電力(LCE)の比率を高める目標」か「Scope2排出量の絶対量削減」のいずれかで設定します。LCE(Low-Carbon Electricity)とは、太陽光・風力・水力・原子力など、発電時の排出が少ない電源による電力のことです。
注目すべきは、再生可能エネルギーの「調達の中身」が厳しく問われるようになった点です。v2は、電力の脱炭素化において以下のような条件を課します。
▼ 送電可能な地域(deliverability region)であること
証書やPPA(電力購入契約)で再エネを調達する場合、その電力が実際に自社の消費地まで送電できる地域のものでなければなりません。遠く離れた地域の証書を買って帳尻を合わせる、という手法は通りにくくなります。
▼ 新しい発電所であること
証書の対象となる発電所は、電力を消費する時点からさかのぼって15年以内に新設・改修されたものに限られます。古い既設電源の証書では、新たな再エネ拡大に貢献したとはみなされにくい、という考え方です。これは再エネ調達の国際的な枠組みであるRE100が採用しているのと同じ「15年ルール」を、SBTiが取り入れたものです。
▼ 時間単位のマッチング(hourly matching)の可視化
従来は「年間の使用量と再エネ調達量が釣り合えばよい」という考え方でした。v2は、消費した時間帯と再エネが発電された時間帯をどれだけ一致させているかを算定・報告するよう求めます(これ自体は任意の表彰制度ですが、開示は促されます)。
加えて、電力消費が年平均20%を超えて急増する企業(データセンターなどが想定されます)には、Scope2の排出量目標(=絶対量削減目標)の設定を求める特則も置かれました。比率を高める目標だけでは、電力使用量そのものが急増する企業の実排出をカバーしきれないためです。
■ Scope3:5%ルールで「重点」を絞り、手段は柔軟に
Scope1・2も大きく変わりましたが、設定の自由度という点でとりわけ変化が目立つのがScope3(サプライチェーン全体の間接排出。多くの企業で総排出の大半を占める)です。
▼ 「重要性5%」で対象を絞る
v2では、Scope3の15あるカテゴリーのうち、カテゴリー1〜14で個別に5%以上を占める「重要なカテゴリー」を目標の対象とします(Scope3目標は大企業=カテゴリーAに必須、中小=カテゴリーBは任意)。すべてを一律に追うのではなく、影響の大きいところに資源を集中させる発想です。通勤(カテゴリー7)など、企業がコントロールしにくい一部の排出は、条件付きで除外も認められます。
▼ 削減の「手段」が増えた
従来の「排出量を減らす目標」だけでなく、サプライヤーや顧客のうち「脱炭素に取り組む(移行中・ネットゼロ整合の)企業の割合」を増やす、という「アライメント目標」が正式な選択肢になりました。製品の低炭素化や、廃棄段階で循環設計された製品の割合を増やす目標なども認められます。自社で直接減らせない排出に対し、取引先の脱炭素化を後押しすることで働きかける選択肢を設けた形です。
■ v2の新概念:「実装ヒエラルキー」
そして、第2回でぜひ押さえてほしいのが「実装ヒエラルキー」です。これは、目標を立てたあと、どの順番で削減行動を取るべきかを定めたルールです。
優先順位は次の3段階です。
活動レベル(activity):まず自社の操業やバリューチェーンの中で、排出源そのものを直接減らす
活動プールレベル(activity pool):それが難しい場合、同じ電力網や物流網など「同じ系統」の中で減らす
セクターレベル(sector):技術がまだ実用化されていないなど構造的な制約がある場合に限り、より広いセクター全体での行動を取る
ポイントは、上位の段階(活動レベル)での削減が優先と定められ、その実行状況がサイクル終了時の評価でチェックされる点です。具体的には、まず活動レベルの行動を(実行可能な範囲で)検討・実行したことを文書で示したうえでなければ、活動プールやセクターでの行動に頼ることは認められません。いきなり証書を買って帳尻を合わせる、という進め方はできない仕組みです。
証書やPPAなどの市場メカニズムを使う場合も、ガードレール(歯止め)となる条件がかかります。電力でいえば、調達する低炭素電力は、自社の消費地に電気を供給している送電系統(送電可能地域)に、実際に供給されているものでなければなりません。原則として、遠く離れた別の地域で発電された再エネの証書で帳尻を合わせることはできません。
ただし例外もあります。送電網が相互に接続されていて、発電地点から消費地点まで電気を送るための「送電権(transmission rights)」を、契約や制度的な手当てによって確保できる場合などは、地域をまたいだ調達も認められます。このほか、二重計上を防ぐこと、追加性(その取り組みがなければ実現しなかった削減であること)なども求められます。
■ 日本企業への影響
実務的にこたえるのは、再エネ電力調達の見直しでしょう。日本企業が使ってきた非化石証書やグリーン電力証書、J-クレジットなどが、v2の「送電可能な地域」「15年以内の発電所」「時間単位のマッチング」といった条件に、どこまで適合するかを確認する必要が出てきます。これまで再エネ100%を達成したと整理していた調達が、v2では同じ評価を受けられない可能性もあります。
特に押さえておきたいのは、これまでRE100を宣言した企業にしか実質的に求められてこなかった「15年以内の発電所」などの追加性に関するルールが、SBTiで目標を設定する企業に広く課されることになる点です。RE100に参加していなかった企業ほど、調達方針の見直しが必要になります。
もう一つは、Scope3が大きい企業にとって、対応の「絞り込み」と「巻き込み」が同時に求められる点です。5%ルールで重点カテゴリーが明確になる一方、サプライヤーや顧客を「移行中の企業」へと動かすアライメント目標を選ぶなら、取引先のエンゲージメント体制そのものを整える必要があります。算定で終わらず、サプライヤーに削減を促す仕組みづくりが問われます。
■ まとめ:ルールは「絞る」と「巻き込む」へ
v2の目標設定は、「すべてを一律に追う」基準から、「重要なところに絞り、自社で減らせない部分は取引先や系統を巻き込む」基準へと変わりました。実装ヒエラルキーは、その巻き込みが安易な相殺に流れないよう歯止めをかける仕組みといえます。
次回(第3回)は、ネットゼロ達成の最終段階──長期目標と、減らしきれずに残る排出(残余排出)を除去で打ち消す「中和(Neutralization)」を取り上げます。あわせて、v2で新設された「継続排出責任(OER)」プログラムと2035年以降の除去要件も解説します。残った排出をどう扱うのか、そこにどんなお金が動くのかを見ていきます。
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【出典】
■ SBTi「Corporate Net-Zero Standard Version 2.0」Criteria(2026年6月11日公表、発効2027年2月1日) Scope1近期目標は100%カバーで絶対量削減・原単位削減・資産移行(Asset Transition)の3オプション(CNZS-C10)。Scope2は100%カバーでLCEアライメントまたは絶対量削減、電力消費が年平均20%超で伸びる企業に特則(CNZS-C12)。Scope3は重要カテゴリー(カテゴリー1〜14で個別5%以上)を対象とし、絶対量削減・サプライヤー/顧客アライメント・カテゴリー別目標等から選択(CNZS-C14、C15)。
■ 同 Criteria「4. Target Implementation」 実装ヒエラルキー(活動レベル→活動プールレベル→セクターレベル)を規定し、活動レベルの行動を優先(CNZS-C21)。市場メカニズムには活動一致・時間整合(12か月)・二重計上防止・追加性等の整合性要件(CNZS-C25〜C28)。電力の証書は消費時点からさかのぼって15年以内に新設・改修された発電所に限定、送電可能地域(deliverability region)を基準に活動プールを定義(CNZS-C30、C31)。送電網が相互接続され送電権を確保できる場合等は地域をまたいだ調達も可(CNZS-C30.3)。
■ 同 Criteria「4.4 Scope 2 hourly matching」 活動プールで年間10GWh以上の電力消費を「significant」とし、時間単位マッチング比率の算定・報告を要求。任意の表彰制度として〜2030年50%、〜2035年75%、2035年〜90%の閾値を設定(CNZS-C32、C34)。
■ RE100技術要件(参考) SBTiの電力に関する要件(送電可能地域・15年ルール等)はRE100および24/7 Carbon-Free Coalitionの技術基準を参照(CNZS Criteria 脚注)。
